ねこまた

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「……一体なんなんだ、この家は」 薄桃色の壁紙に背の低い本棚。晋治のそれとは比べようも無いほど片付いた机の上、デスクトップのパソコンと、その横に陣取るベッド。そんな、異質臭の漂う部屋の中に入るなり、その猫又の発した言葉がそれだった。陽菜は適当…

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「ほら、もう着いた。結構近いでしょ?」 「ん、確かに」 インターホンの下のカバーの中で、キーロックのナンバーを押しながら言う陽菜。程なくして、一戸建ての家にありがちな、そしてマンション住まいの晋治にはあまり縁のない小さな柵が開いて、そのまま…

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「……」 「はあ……」 休み時間。晋治はため息をついた。 場所は教室を出てすぐの廊下。肩の上には、こちらの困るのをみて楽しいのか、笑っている白い猫又。眼の前には、いつのも笑顔を貼り付けた藤崎陽菜。にっこりと、その真意を知っているからこそ、背筋の凍…

それはその日の午後のことだった。 眼の前の黒板にはグニャグニャと醜く、しかし生徒達にはとっくに見慣れた漢字。休みボケか、講師の論語を読み上げている教師を他所に、男子生徒があちこちで机に突っ伏していた。夏休みからはあけたとはいえまだまだ外の気…

「あ〜あ、いい加減、人肌恋しい季節になるなあ。独り身は辛いよ。」 朝、開口一番そう漏らすのは柏木裕也。背中には、今日から始まる新学期の荷物をつめた鞄。寝癖の残った頭は無造作にあちこちに向かって跳ねていて、挙句欠伸など漏らせばもう、昨晩の様子…

換気扇の音。吸い出されていく白い湯気。時々水面に落ちてきては、小気味良い音を立てる雫。叩けば樹脂の安っぽい音のする、ありがちな湯船の中に半ば寝転ぶように足を伸ばして、軽くため息をつきながら晋治は居た。 時刻は夜の十一時少し前。両親の寝静まる…

「さて、それでは、だ」 「……何が?」 部屋から出て行こうとして、ドアの取っ手に手をかけたままで固まった晋治は尋ねる。そのズボンの裾にはがっしと猫の爪が立てられていて。布地を突き破ったそれが時々ふくらはぎを掠めるようでは、逃げようにも逃げられ…

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ああ……、ああ、もちろんこんな状況を一度や二度思い描いた事が無いわけじゃない。趣味であれなんであれ、文章を書いていればこんなシーンを想像してみたこともあるさ。 晋治は胸の内で独白する。 そう、確かに、このような現実離れした状況をイメージしたこ…

……あれ? 場所は、自分の部屋。右手には机、左手には箪笥。その間に立って、晋治はもう一度部屋を見渡す。 間違いない。いない。 あの、突然現れた居候の姿が見えないのだ。机の下、箪笥の上、窓の冊子。ぐるりと見渡して目に付く範囲には、いない。 まさか……

私立の中高一貫校、上丘学園は特徴的な学園だ。共学制であると同時に制服などは一切定められておらず、入学して一ヶ月もすれば制服を着ているのは全校通じているかどうかというほどになる。放任とも取れる開放的な校風は、この学園の名前を一度でも耳にした…

なんだろう。頭に、何かが当たっている気がする。ふにふにと柔らかくて、そこに時々何かが擦り付けられている? ……そういえば、左右のこめかみの辺りがちくちくと、つつかれるみたいに痛いような……。 「……い、お〜い、起きろよ〜。」 慣れない妙な触感にだん…

「いやあ、うまかった。ご馳走様。」 突然襲い掛かっておいて第一声がそれか。 俺はため息混じりに布団の上に胡坐をかいている。左の首筋にはとりあえず間に合わせで当てたティッシュ。そして目の前には…… 「やっぱ久々に飲む血はうまいな。うん。」 満足そ…

ある夏の夜のことでした。その日はとても蒸し暑くて、寝つきが悪くて。それに耐えかねた私はなんとなく玄関の戸をあけて外に出ました。 そもそも、どうしてそんなことをしたのか、今にしてみると自分でも不思議なのです。本当に暑かったのなら、冷房をつけて…