12

「……一体なんなんだ、この家は」
 薄桃色の壁紙に背の低い本棚。晋治のそれとは比べようも無いほど片付いた机の上、デスクトップのパソコンと、その横に陣取るベッド。そんな、異質臭の漂う部屋の中に入るなり、その猫又の発した言葉がそれだった。陽菜は適当に飲み物とお菓子を、と言って階下に下りていて、部屋の隅に取り残されて落ちつかない晋治には、その言葉の意味が欠片ほども理解できない。
「何って、そんなに変わってるか?」
「取り合えず、お前の部屋より綺麗だ。格段に」
「……」
 返す言葉も無いのが悔しい。
「……いや、まあ本当のところを言うとだな、家のあちこちに、俺みたいなのの出来損ないがうようよしてやがる。一体何なんだ、ここは? 墓場の上にでも建てたのか?」
「……意味がよくわからんのだけど?」
「なんなら見せてやろうか?なに、一度血をもらった仲だ。出来ないことじゃないが、それだけで見慣れてない奴は吐き気がするだろうな」
「遠慮しておいたほうが良さそうだな、それは」
 その君の悪い笑顔で言われると、どうにも真実味が増して困る。本当に肩が震えて、晋治はそう答えた。
「でも、どういうことだ?大体、あれだ。そのお前みたいな奴っていうのは、どこにでもいるもんじゃないのか?」
 先日の話からすれば、妖怪だのなんだのの類は、見えないだけで一応世界に存在はしているということ。ならば、例えこの家の中にそういう類の物がうろついていたとしても、それほど驚くことではないのではないか、と。それでも背筋がうそ寒いのは、ただの人間である晋治としてはできれば想像したくない光景だから。
 それに、小さな居候はため息で応える。
「……あのな?確かに、俺達みたいなのはお前が思ってる以上にいる。いるにはいる。だけど、俺みたいにこうやって表に出てくるのは相当珍しいんだよ。普通なら、どうせいたって何も出来ないようなところに好き好んで出てくる理由がねえ。もっと居心地が良くて、お前らみたいな手合いが寄り付かないところはいくらでもある。わかるか?」
「ああ」
「だからな、ここはおかしいんだよ。まったく。廊下といい階段といい、うようよ溢れ返ってやがる。お前みたいに、なんかに憑かれてる奴でもいるのかと思ったけど、あの母親も小娘もそんな感じじゃないし……」
 不機嫌そうに眉間にしわを寄せて、なんなんだ、とつぶやき続ける白猫を前に、晋治はなにも口に出来ることが無い。それよりも、余計なことを聞いて、妙に浮き足立っていた気持ちが一気に冷め切って、居心地の悪さの質が別の物に変わっていた。
「おっまたせ〜」
 と、丁度タイミングよく扉が開いて、コップ二つに入ったオレンジジュースと、スープ皿をそのまま小さくしたような器に張られた水。薄い皿にクッキーを並べて、お盆の上に載せた陽菜が戻ってきた。
「何の話してたの?」
 途中でついでに済ませたのだろう、上着を着替えてきた陽菜が目の前にコップを置きながらいうのに、晋治はまたも答えようが無い。言葉に詰まる晋治のかわりに小さな居候が、
「なんも話してねえぞ?空耳じゃねえのか?」
「え〜、そうかな?」
と、話を別の方に持っていく。そのまま二人とも、陽菜の本来の目的である取材に移ってしまった。
「あ、おい。お前のこれ、よこせな。ただの水なんてやってらんねえ」
「はあ!?」
「うわあ、すごい早業」