……あれ?
 場所は、自分の部屋。右手には机、左手には箪笥。その間に立って、晋治はもう一度部屋を見渡す。
 間違いない。いない。
 あの、突然現れた居候の姿が見えないのだ。机の下、箪笥の上、窓の冊子。ぐるりと見渡して目に付く範囲には、いない。
 まさか……。
 本当に外に行ったのか、と歯噛みする。確かに、理屈としてはアレの言っていた事は理解できる。しかし現に自分にはあの姿も、声も見えているわけで、それを考えると安心など出来るはずも無い。
「まったく。」
 ため息をついて、椅子に座る。背負っていた荷物を投げ出して……、
「おうあ!?」
 そんな声が、口をついて飛び出した。
 突然両肩に走る鋭い痛み。混乱して経ち上がった途端に感じた、何かがぶら下がっているという確信。容赦も遠慮もなくぶら下がっているそれの、肩にかかった細い足をそれぞれにつかみ、Tシャツの襟元が伸びるのも気にせずに一気に引き剥がす。
「……何様のつもりだ。」
「よう、早かったじゃないか。」
「……。」
 ありがちながら、会話がかみ合っていない。まさか現実にこんな現場に出くわそうとは、と今更ながらに思う。
「お前、どこに隠れてやがった?見回したときには見当たらなかったのに。」
 下ろせ、と後足で蹴りかかってくる小さな身体を机の上に放してやると、これ見よがしに、嫌味なほど熱心に足を舐めている。
 ああ、どこかで一度、本当に殴り倒してやろうか。
「後ろを見ろ、後ろを。」
 促されて振り返って、ようやく気付く。
 窓と反対側の壁にあるワードローブ。その上に別に設けられた、晋治が背伸びしてようやく中が見渡せるかどうかという高さの戸棚の戸が開かれていた。確かに、あそこに入れれば突然背中に飛び掛ることも出来ただろう。……そう、入れたのならば。
「お前、猫の身体でどうやってあんなところに入るんだよ?」
 ちょこん、と机を飛び降りて、人の目の前に行儀よく座り込んだソイツに言う。
「猫又だかなんだか知らないけど、いくらなんでも無茶だろ。」
「……。」
 ため息。そして、
「本当に馬鹿だな、お前。」
 呆れと、晋治にとっては不愉快なことに、嫌悪感も僅かに混ぜた顔で言い放たれた。
「いいか?俺は猫又だ、猫又。思い出せ。お前の頭の中の猫又っていうのは、一体何ができるんだ?ん?ただ言葉を喋れるだけの猫なのか?」
 まくし立てる。その顔が不気味だ、という言葉を、晋治は胸の内にしまいこんで抑える。
「……いや、この際だ。」
 と、ニッと、ソイツが笑った。面白そうに、楽しそうに、小さな牙を覗かせて。
「今後のこともあるしな。うん。お前にも見せてやる。」
 何を?
 うすうす分かっていたことは、聞く間もなかった。
 妖しく細めた目で見つめてくる金銀の目。それから逃れることも出来ずに見詰め返させられる晋治の目の前で、ソイツが一度だけ、撫でるように、顔を洗った。