4-3

「他愛もない。力の使い方も知らぬとは」
 高みに立って、見下ろして、つぶやくようにポルセイオスは言った。眼下には、全てを押しつぶして、薄高い山になった瓦礫。目も当てられないほどにむごたらしく、腹に、胸に、大穴を明けていた四人の男の亡骸も、それを作り出した少女の身体も、すべてはその中に巻き込まれ、押しつぶされている。当然、無事でいるものなどあろうはずもなく、すべては息絶えて、延べられて、薄っぺらく潰されて、あの山のどこかに埋もれている。
「久々ではあったが……、こんなものか」
 一人、感慨深くつぶやく。つぶやいて、街を見渡す。路地を風に吹かれて飛んでいく塵。白く濁った空。汚れきったコンクリートの壁。そんなものが続いているかと思えば、すこし遠くの方では煌びやかな貴族街の建物が見て取れる。これだけではない。海を越えればまた、まるで違った風景が広がっているし、山に入ってもそれはしかり。この街がいかに汚かろうと、それが世界の全てではない。自分の統べるところのすべてではありえない。
「……」
 無言で、踵を返す。もうここには用が無い。帰ろう、と蒼いマントを翻し、瓦礫の山に背を向けた。
 同時。
 背後で、何かとても大きなものが崩れ落ちる、そんな音がした。
「……っ!」
 何事か、と、振り返る。振り返って、眼下へと目をやる。やって、その光景に、ポルセイオスは目を奪われた。
 瓦礫の下に、一枚の岩盤があった。
 タネも仕掛けも何もない。文字通り、ただの岩盤。いつの間に現れたのか、ドーム状にかたどられたそれは、周りの瓦礫を押しのけ、崩しながら拡大していく。
 しかし、ポルセイオスにとってこの程度のことは別段驚くに値しない。あの状況から、どうやってあの少女がこれほどのものを創造したのかはわからないが、創造したのがあの少女であるならばさしたる脅威にはなりえない。
 そして、直後。そのとき初めて、ポルセイオスは真にその光景に驚愕した。
 消えうせているはずの岩盤が、なおも拡大を続けながらそこに在り続けていた。
「何……だと」
 つぶやく。細められていた目はフードの下で見開かれ、眼下の光景を睨むかのように見下ろす。
 いつの間に……。
 もはやすべての瓦礫を押しのけ、崩し、堂々とそこに存在している岩盤を見つめながら考える。いつの間に、これほどのことができる者が入り込んだのか、と。
 これを創造した者は、あの少女ではありえない。あの少女は、ポルセイオスの手でいとも容易くかき消せる程度のものしか作れなかった。これほどのものは、作れない。
 しかし、と考え込む。
 これほどの事が出来る者がいたとして、その存在にどうして気付かなかった?自分がただの人であるならばいざ知らず、この世界を統べる自分がどうして気付けなかった?
 ……否。
 もしも。もしも、気付けなかったのではなく、相手が気付かせなかったのだとすれば。それほどの事ができる者が、いるとすれば。
「よもや……」
「そのよもやだ、蒼マント」
 不意に、耳元で声が聞こえた。
「っ……!」
 振り返りざま、すかさず手刀で横薙ぎに一閃、薙ぎ払ってから気付く。その声は本当に耳元で囁かれたわけではなく、声だけを相手の耳元に届ける術、自分も好んで使う業によって成されたものだということに。
「様ぁないね。仮にも一管理者でありながら、さ」
 下の方から聞こえた声。久しく聞いていなかった少女の声に、ゆっくりと再び振り返る。確かめるまでもない。ポルセイオスはその場に跪いて、頭を垂れた。
「お久しぶりです。智様」
 そこ、跪いたポルセイオスのすぐ目の前に、崩したスーツを身に纏い、頬に微かな笑みを浮かべた男、智が立っていた。
「相変わらずだね、おじさんも」
 何も言わない智の代わりに、下の方でまたもや少女の声。音もなく十字に割れて展開した岩盤のドームの中で、訳も分からずにキョトン、としている黒いドレスの少女、アルテメネを庇う、赤いマントの少女、朋。その手が、横にすっと伸ばされた右腕が確かにアルテメネの盾のごとく、庇っているのを確認して、ポルセイオスは目を細めた。