・序:語る者

 そこは、暗かった。暗い、暗い、部屋だった。光は一つ、中央にともされた一つの蝋燭。ただ、それだけ。故に、壁は見えず、床の果ては知れず。ただ、ぼんやりと朱い光の中に、幾人かの人影だけが、見て取れた。
 男、女、小さな者から、大きな者まで。取り留めなく集められたかに見える彼らは総じて、皆口を開かない。揺れる火を見つめ、炎に照らされてただ、立つ。あるのは、無言。音の空白。周囲の闇は沈黙に乗じて重く広がり、意識の、姿の輪郭をゆっくりと溶かしていく。
「さて。」
 ふと、一人、口を開いた。それは明らかに若い男、青年の声。見回せば見た目にももっと重厚な雰囲気を纏ったものも、その青年よりも遥かに線の太いものも居るというのに、しかし、黒白の崩れた礼服を纏った、線の細い、肌の白い、若干長い黒髪を揺らすその青年が一言口を開いた、それだけで、崇めるような、あるいは指示を待つかのような、厳かで、従順な視線が彼の元に注がれた。
「頃合だ。」
 他に口を開くものは居ない。ただ、その青年が一人、語る。
「今回は随分集まった。語り手も、聴き手も。実に良い。……それでは」
 僅かに、沈黙。そして、
「始めよう。」
 瞬間、微かに、しかし確かに、空気が変わった。
 いうなれば、黒から漆黒へ。塗りつぶされた黒から、空の果ての黒へ。より、深い黒へ。沈黙はより静謐に。空気はついと張り詰め、身じろぎ、ため息、一切の動きが沈黙する。
 その中で、並んだ人影の一角が動いた。一歩、人の輪の内側に現れたのは少女。橙の振袖と山吹の帯が炎の紅に染められて、まっすぐに長い黒髪は微動だにせずに艶やかに光る。
「さあ、歌っておくれ、小鳥。」
 青年に声をかけられたその少女は僅かに目を伏せてそれに答える。
 他の者、少女を取り囲む者達は皆、静かに目を閉じ、俯く。それはまるで、何か聞こえないものに耳を済ませるかのようで。その中で、少女は微かに開いた唇の隙間からすうと息を吸い込んだ。

かごめ かごめ
かごの なかの とりは
いつ いつ でやる
………
……