夜の術

―「どうぞ。心が落ち着きます」 廊下の、真っ赤に染まってしまった壁紙とは対照的に、未だに壁面の純白を保っている居間の中。丁寧に差し出された紅茶のカップを両手で受け取ると、少年、カイは緊張した面持ちでソファーに腰掛けた。 すぐ横では、カップから…

― 一体全体、なんだっていうんだ? ようやく並みの思考が働くようになった彼、カイの頭に真っ先に浮かんだのはそんな言葉だった。 彼がこの家の前を通りかかったのは本当に偶然だった。とりたてて語ることもない、いつも通りの夜の散歩。夜風の中、柔らかい…

新月の夜。 背の高い、石造りの住居が左右にそびえる狭い道。 ゴツゴツと角ばった石畳が目立つ小路に一人の少女が立っていた。 深く、底見えぬ闇を思わせる紫。限りなく漆黒に近くありながらしかし黒ではない紫のマントを身にまとい、僅かに裾からのぞく足元…