一体全体、なんだっていうんだ?
 ようやく並みの思考が働くようになった彼、カイの頭に真っ先に浮かんだのはそんな言葉だった。
 彼がこの家の前を通りかかったのは本当に偶然だった。とりたてて語ることもない、いつも通りの夜の散歩。夜風の中、柔らかい月光に照らされた石はいつもそれぞれに独特の輝きを放っていて、それを目に焼き付けてから寝るのが彼の日課だった。
 だが、今日だけは何かが違っていた。
噂には聞いたことがある、『魔の者』が住まうという小路。昼間は両脇の壁が日の光を遮り、昼でも常に涼しさ、時には寒ささえ抱くそこは夜になると他に類を見ないほどの気味悪さを放ち。あくまで寝る前の散歩を目的にしているカイがそこに立ち寄るなど、普段では考えようもなかったのだ。
 それでも、この夜だけは、なぜか自然と足がそちらへ向いていた。
 普段から街の中を歩き回っているカイのこと。道順が分からないところなど子の街にはない。そして、気がついたときにはその扉、いままさに破られ、宙にまった扉の前に立っていた。
 そのあまりの轟音に釘付けになる視線。不意に呼び戻される正気。逃げ出そうと思うよりも早く、目の前で鮮血が飛び散った。