4-1

闇は払った 道は得た
血の朱に酔い 紅に笑う
されど眼前には壁一つ
従えた得物は無に帰り
拠所無き手は空を掴む
その身、なおも孤独なり

Act4

「で?満足したの?」
 赤いマントを身に纏い、少女は尋ねる。その身はやはり宙に立ち、朝凪の中、時折服そよ風に短髪をざわめかせる。遥か彼方で昇った朝日、地面に立ってみればこの街からはろくに見えないその輝きも、空に立ってみれば微かな光の軌跡を白靄の中に描き出しているのが見える。
「まったく。自分も十分悪趣味だっていう自覚、ある?」
 呆れたように尋ねて、振り返る先。そこにもう一人の人影が在った。もう、一度見れば滅多なことでは忘れない、崩したスーツにまっすぐに伸びた髪。色白の、男。嬉々として、まさに少年のようにという例えを体現するかのごとくに細い目の中で瞳を輝かせ、遥か下方を見下ろしている。
「悪趣味?まさか。ただ楽しいものを楽しんでるだけだよ」
「それが悪趣味なんだってば。僕だってさすがにあんなキワモノは専門外だよ」
 答えて、顔をしかめながらも見下ろす先。赤く染まった、街の一角。生臭い血の臭い。まだ新しい。背の高い壁と二軒の建物に囲まれ、出入り口は唯二つ。一つは、隣接した裏通りにつながる、とても狭い壁の隙間。一つは、ぽっかりと空いたその上空。もちろん、大人の男を十人肩車してもまだ僅かに及ばない、そんなところから空手で侵入を試みれば、着地と同時に生きて踏む地面と別れを告げることになろうが。
 そしてその中に。血の赤も、鉄の臭いも、全てを楽しむかのように、瓦礫の山、その一角に座り込む人の姿が在った。スカートの裾を丸く広げ、漆黒の円を描き出し、薄手の黒い手袋をはめた右手には、馬上騎士の使う突撃槍に似た小型の手槍。逆手に握ったそれを、持ち上げて、落として、持ち上げて、落として。何度も、何度も突き刺している。
何を?
地面の上に広がった、赤い流れの一つの出発点。血の流れいずる場所。人の、身体。今上空に浮かんでいる二人の目の前で、昨晩その力に開眼する瞬間を図らずも示して見せた少女、アルテメネは、もう二十分は前に息絶えている男の身体の、ただ一点を、ただひたすらに突き続けていた。始めの数分は垣間見えていた憎しみも今はとうに影を潜め、代わりに残ったのは悦びに歪んだ顔と、歌でも歌いだすのではないかとも思えるように、そっと開かれた口元。満面の笑みも、微笑むかのような頬も、口元も、全てが血に彩られたその景色には不似合いで、しかしそれでも槍を握った彼女の右手は黙々と、男の亡骸に振り下ろされ続ける。
「楽しいの?あんなの見て」
「楽しいだろ。痛快だ」
「死体を笑いながら刺し続けるのが?僕は獲物が生きてて、悲鳴が聞けたほうがいいよ」
「ま、そういうのも悪くない」
 言って、二人で同時に、短く含み笑いを漏らす。
「あ」
 と、不意にマントの少女が声を漏らした。無言のうちに男を呼んで、遥か下、一点を指差す。黒いドレスの少女がいつの間にか槍を持つ手を止め、見上げている先。その空間を囲む建物の一つの屋上に立った、青いマントを羽織り、フードで顔を隠した人の姿。風に靡いて時折マントの前が開くせいで、なんとか男だという事がわかる。
「なんか、厄介なのが来ちゃったんじゃない?」
「……みたいだな。面倒くさい」
 ため息混じりに言いながら、男が首を左右にかしげて鳴らす。少女も頭の上で両手の指を組んで、グッと背伸びする。数歩後ろに立っていた男が少女の横に並び、少女が男の横顔を横目に見て、再び視線を前に戻す。まだ昇りきらない日を一瞥して、まずは男の方から、口を開いた。
「行くぞ、朋」
「もちろん、どこへでも。智」