3-4

 夜闇。うっすらと空は白み、しかし高い壁にはさまれたこの場所は、僅かな光すらも射しこまない。まさに、闇。光無きその地において、黒光りする鉄柵がゆっくりと、軋みながら、開いた。その隙間から、まるで夜闇が流れ込むかのように入ってくるもの。少女。姿は、黒一色。手足はどちらも黒いブーツに薄地の手袋で隠し、白かったレースのアタッチメントも全て黒くして、闇に溶けていくかのよう。その中においても輝く銀髪だけは月明かりも、星明りもない中で確かな白さを誇り、浮かぶかのようにそこに在る。伏せた顔は黒いドレスと白い前髪に隠れ、前に立つ者が在ったとしても窺い知ることはできまい。空手の両手は開かれ、腕は微かに左右に広げ、背後の闇を引連れ、宥め、従えるかのように、ゆっくりと鉄柵をくぐりぬける。
 潜り抜けて、なおもゆっくりと左右を見渡す。細い道。否、嘗ては道であった土地。今は、報われること無き者たちの、せめてもの安息の地。かつてはその少女もねぐらとしていた、そこ。忌まわしい記憶の、出発点。全ての始まりで、だから終わりもここから始まる。始める。
「だれだ……?」
 一人、少女のすぐ横の壁にもたれて寝ていた、ぼろ布を辛うじて服の代わりとした男が重い瞼をこすりながら身を起こし、そして復讐を誓った黒白の少女が、優しく、それは恐ろしいほどに優しく、そっと微笑んだ。微笑んで、軽く、腕を薙いだ。
 刹那の後、男の喉元に突き刺さる一振りの短刀。咽喉を貫き、頚骨を断ち、首を抜けて壁に突き刺さる。暖かい血が飛んで、地獄の幕が上がった。
それはまさに、凶器の渦。
 頭の中に描き出す。思いつく限りの凶器の束。包丁で刺し、剣で払い、刃で薙ぎ、鎌で刈り、槍で突き、鉈で刻む。肉を斬り、骨を断ち、頭蓋を割り、肋を砕き、腹を穿ち、眼窩を刳り貫き、頚骨を折り、咽喉を潰す。響くのは悲鳴。そこに混じる笑い声。含み笑い。それが楽しくてたまらないといわんばかりに、抑えようとして抑え切れない笑い声。舞い散る赤、染める朱、噴き出される紅。鮮血、温血、冷血、凝血、黒血、紅血、精血、腥血。黒の世界は赤に染まり、白い壁は赤褐色に塗り上げられる。
 男を、女を、子供を、大人を、老いを、若きを皆巻き込んで、刻む、砕く、断つ、潰す。容赦などいらない。それらは皆、物なのだから。そう、過去の自分を髣髴させる、忌まわしい記憶の欠片。だから、もう塵も残らないほどに破壊する。逃げる男を、刻む。臆してうずくまる子供を、突く。悲鳴を上げる女を、薙ぐ。叫び向かってくる老人を、払う。
 描き出された端から全ては凶器となり、肉に刺さり、骨に挟まり、身体を壁に縫い付けて、そして次の一振りが生み出される。凶器が渦となって宙に舞い、それはまさに狂気の渦。しかしそれはまだ始まりに過ぎず、赤い点は、まだ一つ。広い世界に落とされた、たった一滴の赤い、点。