其之九拾六

「よくやった」
短くそういって、その場に跪く男達を一瞥すると、徹の体に背を向けてその場を離れる。凛が相も変わらず徹の名を呼び続けるのを聞き流しながら振り返ると、智は再び口を開いた。
「そんでもって、今までご苦労だったな」
「は?」
すっと左手を前にかざす智に思わず「訳がわからない」という顔をしてみせる。だが、彼らがそれ以上智から何かを語られることは無かった。
「コード、MEN4DE1165」
立った一言、それだけ言って智が指を鳴らす。ほんの一瞬だけ男達の表情が凍りついたが、それ以上彼らは何もすることは出来なかった。
つい十数秒前まで平然とそこに跪いていた男達は見る見るうちに足の爪先から崩れ落ちるように消えていき、まるで最初からそこに居なかったかのように消えうせた。
「ただの雑用係はあっちでの俺の生活には必要ないんだよ」
冷たい夜風のような口調で言うと女の方に向き直る。
「ようやくですね」
「ああ、その通りだ」
口元で微笑んでいる女に相槌を打ってやる。
「私もいい加減うんざりしていたんです。このくらい牢屋だけの世界には」
「そうか……それじゃあ、丁度よかったな」
すっと、先程と同じように左手をかざしてみせる。女の表情が笑顔を貼り付けたままで凍りついた。
「え…?冗談……ですよね?」
「まさか、冗談じゃないさ」
にっと笑ってより高く腕を掲げる。
「お前はあいつ(そういって凛のほうに目を流す)で遊ぶことしか能が無いだろ。そんな奴も、あっちには要らないんだよな、これが」
「そんな……。い……!」
「コード、WMENDE2437」
何か叫ぼうとした女が言い終わるよりも前に高らかに言い放つと指を鳴らす。
4人の男達同様、その女もそこにさっきまでいたという事実を疑いたくなるほどきれいさっぱり、跡形も残さずに消えていた。
「さて……これで邪魔者はいなくなった、か」
辺りを見渡して小さく笑う。一人離れたところに腰掛けていた朋がとてとてと駆け寄ってきて智の腕に抱きついた。
「さて、どうする?」
試すような、それでいて楽しんでいるような智の目に凛は固唾をのむ。庇うように手を置いた徹は相変わらず細い息を繰り返していた。
「かわいそうに巻き込まれてまでお前を愛した奴は虫の息。おまえ自身も……その体じゃろくに動けないんじゃないか?」
「……」
何も答えずに、ただ智をにらみつけてやる。確かに智の言うとおり、もはや手は考えられなかったが、目の前の男にそれを認めることは出来なかった。
(徹……本当に…?)
「……どうもそいつが気になってしょうがないらしいな」
ふっと目をそらし、倒れたままでいる徹の顔を見つめていると、不意に智の声がかかる。はっとして凛が視線をもとに戻すと、いつの間にとってきたのか、ナイフを手にした智がゆっくりとこちらに歩いてきていた。
「何を……」
言い終わるよりも先に凛は息をのんだ。凛のすぐそばまで歩み寄った智は、諸手に握ったナイフを頭上高らかに振り上げたのだ。そしてその視線の先に居るのは凛ではなく……
「そんなに気になるんなら!こいつの死を嘆いて消えればいい!」
「やめ…!」
(間に合わない……!)
必死で飛び出しながらも、一方で反射的に硬く目を瞑る。凛の伸ばした腕はぎりぎりのところで智の腕を掴み損ね……。
ドスッという鈍い音で、閉じていた目をゆっくりと開く。そこには本当に驚くべき、しかし同時に喜ぶべき光景があった。
「ふう…、さすがに殺されちゃあたまんねえな」
ゆっくりと立ち上がる徹と、徹に投げられたのだろう、状況を把握しきれない、といった顔で床に転がっている智。朋も凛も、その光景にただただ目を丸くするばかりであった。