其之八拾五

「さっきも話したとおり、俺はこの世界に入り込み、生物を作れるようにもなった。最初のうちはこの世界の管理、維持のために4人、そこのやつらを作ったんだが……」
そういって徹の後ろに控えている4人の男達を指差す。男達は皆跪いて頭を垂れていた。
「あるときちょっとした思い付きでな、一人奴隷を作ってみようと思ったわけだよ。なんせ厳密には人間じゃないから法には引っかからないし、自分で作るから理想どおりに作ることができる。俺はすぐに実行したよ」
「実際最高だったね。ストレス発散にも暇つぶしにもなったし、なかなかいい気分だった。それに入り浸ったせいでこいつみたいな(そういって横にいる女を指差す)監視役を作ったりして次の段階に移るのが遅れたんだが……正直、それに見合うだけの日々だったと思うね」
得意げに話す智の視線の下で、徹の思考は混乱していた。一見すれば自分には何の関係も無いような話。しかし今徹の中でそれが最悪の形で現実と結びつこうとしていた。
「ところで言い忘れたけどここから出るのにはちょっと特殊な条件があってね。入る分には自由だが、出るためには誰かが入ってきた通路を使って外に出ないとならないんだ。もちろん何もないところに出口を作ることもできるけど、プログラムを護るために隔壁を作ってプログラムにかかわるデータ意外との接触を遮断しているから、それにはとてつもない時間がかかる。さて、そんな中である日ちょっとした事件があった。この世界に住むことを考え、いくつかのバーチャルワールドを作り、一部は完成していたころだ。俺はとんでもないドジをふんだ。その奴隷が俺の目をぬすんで逃げ出しやがったんだ。そこの四人もすぐそばにいたくせに止めないしな。それでそいつが俺の使うはずだった出口を使って現実世界に出たもんだから、俺はここに閉じ込められる羽目になった。さすがにあの時は怒り狂ったね。ここに閉じ込められてる間、バーチャルワールドのプログラミングは進まないし、ここにいたってすることが無いしな。」
「でもその間に僕がこっちに来たんじゃない」
思い出しただけで腹立たしい、とでも言わんばかりに怒りを顔に滲ませる智の横で朋が言う。智も我に返ったようにああ、というと、もとの余裕が顔に滲む。
「一つ良かったことといえば既に完成していたバーチャルワールドに試験的にもぐりこむことができたことだな。そこでこいつに出会って、つれてきたって訳だ」
「……しらねえよ、そんなこと」
ようやく痛みから解放された徹が小さな声で憤ってつぶやく。智は特に気を害した風でもなく、小さく肩をすくめた。
「ああ、そうだ」
ふと何か思いついたように、立ち上がっている徹のほうへ目をやる。
「ずっと立ってるままっていうのも疲れるだろ?ちょっと待ってろ」
そういって智が指を鳴らすと徹の横に、どこにでもありそうな一人がけのソファーが現れた。
「驚いたか?この辺り一体のプログラムはいつでも俺の好きなように組み替えられるようになってるからな。こんな事だって出来るわけだ。」
自分と朋にも一つずつ似たような椅子を作り出している智を見ながらためしに腰掛けてみたそれは、ふっくらとしていてなかなか落ち着くすわり心地だった。もっともそんなことで落ち着けるほど徹の心は平穏ではなかったが。
「さて、怒り狂った俺はそいつを探した。もちろんもう一つの計画も進めなきゃならなかったから学校はほとんど行かなかったな。それまで優等生で通してたのが役に立った。まあ俺が部屋にこもりきってたせいで母親はヒステリーになって入院しちまったが……、知ったこっちゃねえ。どの道もうすぐこの世界からいなくなるんだ。」
片手で、横に立っている女に何か指示をしながら続ける。女はただ一つ頷くと徹のほうに意地悪な視線を投げかけ、部屋の外に出て行った。
「そんである日、クラスの馬鹿に誘われた文化祭にいやいや着いていったんだが……なんと、そこにそいつがいるじゃないか。しめた、と思ったね。そいつは俺から逃げた挙句にほかの男の家に押しかけて、そいつと付き合ってるっていうじゃないか。最高の状況だ。幸い…男も馬鹿だったしな」
「な!」
「まあ待て」
憤って立ち上がろうとする徹に手を向けて制止する。徹の背後には、いつでも飛びかかれる体勢で構えた4人の男がいた。
「何もお前のことだなんて言ってないだろう?……まあお前のことなんだが」
「ちっ……!」
見れば男の一人はご丁寧によく切れそうなナイフを持っている。さすがに素手で4人を相手に勝つ自信は徹にはなかった。
「だってそうだろう?お前が考えていることといえば相手に『優しくすること』ばかりだ。最終的には相手の言うとおりにしていればいいと思ってる。やりやすいにも程があるぜ。現に俺が終盤に入って朋を送り込んだ途端、お前とあいつの関係はいとも簡単に一度崩れたし、お前は驚くほど思い通りに動いてくれた」
「……」
(当たり前だ……俺は鷹峰がスパイだなんて知らなかった。凛も…)
「なんでもないって言い張った、か?」
「な!」
心の中を見透かされて、徹がひどく驚いた顔を見せる。
「言っただろ?この世界の支配権は俺にある。お前の頭の中の電気信号をちょっと盗み見るくらい、わけないんだよ」
「じゃあお言葉ですけど、先輩はあの子の言動を不審に思った事が一度も無かったんですか?その時に一度だって問いただそうとしましたか?」
「それは……」
何も言い返せずに言葉に詰まる。確かにそんなことは幾度かあった。しかしそのたびに凛が「大丈夫」といい、徹が「そうか」と頷く。それだけだった。
「相手の口にするままにしてやるばかりが優しさじゃないし、そんな優しさだけですべてが護れるわけでもないんですよ」
(……そういえば傷痕のことも結局聞かずじまいか……)
ふと思い出して自分を責める。
しかしその言葉だけを取れば佳織辺りが口にしそうなことだったが、そういう朋の口元は自責の念に駆られる徹を楽しんでいるかのように邪悪な笑みを浮かべていた。