其之八拾四

格好のせいで分からなかったが、その声には確かに聞き覚えがあった。
「お前ら……!」
「さっきは世話になったね。随分疲れたよ」
語気を荒げる徹に、にっと笑ってみせる。そう、目の前の4人は、朋を追って徹を追い回したあの4人組だったのだ。
「何でこいつらがここにいるんだ?まさか鷹峰に付きまとってたのは……」
「ちょっと落ち着いてください」
今にも智につかみかかろうとする徹の頭上で、これもまた聞きなれた声が響く。
声の主は暗闇の中、モニターの明かりに照らされながらさっと徹の目の前に飛びおりると、後ろ向きにステップを踏んで智の腕の中に飛び込んだ。
「鷹峰?どうして……」
朋をつけねらっていた男達と、それをまとめている智。そしてその智の腕の中に自ら飛び込んでいく朋……。状況が飲み込めずにいる徹を楽しむように微笑むと、再び智が口を開いた。
「改めて紹介するよ。俺にとって、手のかかる娘であり、可愛い妹であり、愛すべき恋人。鷹峰 朋だ」
「どうも〜♪」
「な……」
思わず言葉が詰まる。満面の笑みを浮かべている朋が幻ではないかとさえ思った。
「どういうことだ。お前、つかまってたんじゃなかったのか?」
ニコニコと笑っている朋を半ばにらみつけながら尋ねる。
確かに徹の目の前で男に連れ去られていったはずの彼女は、なぜかその男をまとめている男のそばでおびえる様子も無くたっていた。
「そうですね、『つかまった』ふりはしました」
「ふり?」
「あの子も行方不明なうえに私まで目の前で連れ去られたら、優しい春日先輩は絶対来てくれますからね」
そういってにっこりと笑う朋の顔にいつものような輝きは無く、むしろ嫌な陰湿さを貼り付けていた。
「……どういうことだ」
一つ深呼吸をして、朋のすぐ後ろにいる智をにらみつける。
「どういうこともなにも。お前がだまされてたってことだ」
「だまされてた?」
語気を荒げて問い返しながら、一方で徹は自問した。
なぜ朋が徹をだます必要があるのか。徹は智のことなど知らなかったし、もちろん接点だって無かったはずだ。そんな状態でなぜ朋というスパイを送り込んでだます必要があったというのか。
「そういうことだ。お前にとってじゃない。別のやつにとって全く害にならないということをお前の頭に刷り込みながらそいつのそばへ行くためのな」
(………)
智が楽しんでいるかのように見下ろしているのを感じながら、黙り込んで智の言ったことを頭の中で復唱する。
智とどこかしらに接点があって、かつ徹のそばにいるもの。もしも巴だとすれば自ら進んで朋を自分の部屋には入れないだろうし、両親のどちらかならば家にすらいさせないはず。
学校の誰かであれば徹に近づく必要はないだろう。とすれば……
徹の中で一つの答えが見え始めたとき、不意に部屋の扉が開いて背の高い女が入ってきた。
すっと伸びた肢体につりあがった目。一度しか会ったことは無いが、決して忘れない……
「久しぶりね、春日 徹くん?」
その瞬間全てが一つにつながった。この女と智と朋はグルで、凛に何かしらの害を与え、凛はそれを徹に隠そうとして、徹は何も知らずに朋を信じきって……。
まだまだ穴だらけではあったが、今の徹にはそれで十分だった。
「テメエらぁ!」
何に対する怒りかも分からず、ただ気持の赴くままにまっすぐ前に向かって突っ込んでいく。しかし、その引き絞った右手が智の顔を捉えるよりも先に、女の長い足が徹の腹に食い込んでいた。
「カッ…ハ…!」
声にならない悲鳴とともに徹は腹を抱えて倒れ、転がる。そんな徹を楽しむかのように3人は徹を見下ろしていた。
「まあ落ち着けよ。そんな状態でも耳は聞こえるだろ?せっかくだから事の次第を教えてやる」
どの道刃向かったところでどうにもならない。まだ響く痛みに耐えながらもおとなしくなった徹の、その敵意に満ちた目を見つめながら智は話しはじめた。