其之八拾四

「信じられないか?」
「わるいけど、な。現実離れしすぎてる」
真っ向から言い切る徹を智はちいさくせせら笑った。
「そういうやつに3人もあってる奴の言うことかねぇ?」
「……!」
(三人、だと?)
はっとして立ち止まった徹は、すぐさま智に飛びついて無理やりこちらを向かせた。
「お前やっぱり凛を……!」
「落ち着けって」
我を忘れ、智の胸倉をつかんだ徹の右腕。智がその肘を左腕の方に押し込みながら徹の肩を軽く押すと、不思議なほどすんなりと徹の力は緩み、智に押されるがままに数歩後退した。
「もうすぐそこにたどり着くんだから。おとなしく聞いておけ」
「……」
乱れた襟元を正して歩き出す智の後を、不本意ながらも徹も追う。
「ただどういうわけかこうやって作った人間達は皆ちょっと変わっててな。当人がそうしようとすると、自由にそのES細胞もどきを再構成して部分的に身体を作り変えることが出来た。それこそ俺らが腕を上げようとか、歩こうとか思うのと同じくらい自然にだ」
「で?どうしたらそれが凛につながるんだよ」
痺れを切らした徹が不機嫌な声で尋ねると、智が一つ、大きなため息をつく。
「お前もとんだせっかちだな。まあいいや。とりあえずここまでを親父の設計図どおりに再現したところで俺はしばらく満足してたんだ。この世界を使えば大抵のことは出来たし、ちょっとした暇つぶしには最適だったからな。」
久しぶりに現れた曲がり角を曲がりながら智が笑う。いつの間にか二人の左右にあった扉は見受けられなくなっていた。
「だけど、あるとき閃いたんだ。これだけ自由に組み立てられる世界があるなら、いっそその中で暮らせばいいじゃないか、って」
「プログラムの世界の中で?」
「まあ…見てみるといい」
訝しげにたずねる徹に肩をすくめると、突き当たりに一つだけ現れた大きな扉を開けて、その中に徹を迎え入れた。
「なんだ、これ…」
「ここに映っているのは、全部俺が作り上げた、いわば仮想世界の様子だよ」
暗い部屋の中、二人を取り囲むようにいくつものモニターが並んでいた。
何もない部屋を映し出しているものもあれば、中世ヨーロッパを思わせる異国情緒にあふれた村を空から映し出しているものもある。
思わず息を飲む徹に、智が得意げに続けた。
「俺が世界を創り、社会の基本構造を創り、そこに住まう人間を創った。正直言って、全部ここを創るときに使った技術の応用だったから、案外簡単に出来たよ。」
「……」
徹に一番近いモニターには、すさまじい量の血の中に座り込んでいる二人の人影と、それを空から見下ろしている、翼の生えた男を映し出されていた。
「後は外からすこし時間をいじくって仮想世界の時間を20年も進めておけば、当たり前のように世界は回ってほとんど100パーセント俺の手のついていない世界が出来上がる。現に仮想世界の中には、革命が起こってまるで俺の意図していなかった社会を創っているところもある」
そこまで言いきって初めて黙り込んでいる徹に気がついたのか、はっとして智が振り返る。
「どうした?いまいちわからない?」
「あいにく…現実離れしすぎててな。それに、俺が興味があるのはそんなことじゃない」
「ああ…」
そうだったな、とつぶやいて、眉根にしわを寄せる徹を軽く流すと、部屋の奥、薄暗くてよく見えないほうに向かって智が言葉を紡いだ。
「準備は?」
「いつでも」
低く、どっしりとした声がそれに答える。徹はその声になぜか聞き覚えがあった。
「せっかくだ。4人とも出てきたらどうだ?」
智がそういうや否や、さっと風を切る音がして、徹から見れば智の向こうに、白衣をまとった4人の男が現れた。
図体のでかいのが一人と、比較的小柄なのが二人。そして、大きいでも小さいでもなく、標準的な大人に近い背格好の男が一人、徹のほうをじっと見ながら立っていた。
徹が固唾を呑むと、それに合わせるように一人が口を開いた。
「よう3回目だな」