其之六拾参

六月二十二日 午後0時15分

珍しくすっきりと晴れたその日。いつものように教員室の相談室の中で芹山と徹は芹山の入れたコーヒーをすすっていた。
徹にとっては癪なことではあったがこれがまたなかなかいけるのだ。
「ま、何はともあれ一件落着、か」
「ん、まあそうだな」
最後の一滴を飲み干して言う芹山に、まだずいぶんと中身の残っているカップを口から離して応える。
「しかし今回はあんたも随分とがんばったもんだな」
「当然だろ。ただでさえ親を亡くしてる子をさらにこっから追い出すようなまね、できるかってんだ」
声を潜めて得意げに言う芹山から目をそらすと、カップの中のコーヒーを見つめる。

徹と芹山の予想通り、あの書き込みがあった翌日に教員達の中でもその情報を聞きつけたものが現れ、さらにその翌日に朋の緊急三者面談が行われた。
三者面談といってもその実情は「同居する保護者」の確認なので朋に関する質問はほとんどなかったようだが……。本来ならこの場でアウトになるはずだったところを芹山が相当駆けずり回ったらしく、彼の従兄妹二人が見事に朋の血縁者を演じきったのだとか。
後から常識で考えればにわかに信じがたい話だが、実際芹山の親戚には不思議な人が多いので(中二のときになど、一度徹は、芹山の年の離れた従妹だという女子大生に『お持ち帰り』されそうになったことがある)、徹にはうなずけないことでもなかった。

「しかしまあなんだ……あんたの親戚ってどうしてそんな変わったひとばっかなんだよ」
「変わっちゃいないさ。むしろもう一人の協力者の方がよっぽど……」
「ああ、鷹峰のちょっとした知り合いだって言う……」
芹山に遅れ、徹もカップを空にすると朋の話を思い出す。
「たとえ短時間でも外から引っ張り出される戸籍情報をいじくるだなんて……並みの技術でできることじゃないぞ?」
「つーか犯罪だろ、一応さ」
「まあそうだけどさ…」
犯罪なんて見つからなきゃ結局なんでもありだろ?と返す芹山にため息で応えると、背もたれに体重を預けて天井を見上げた。
「しっかし…本当に誰なんだろうな…?あの書き込みをした奴」
ところどころに汚れの染み付いた天井の模様を目で追いながらつぶやく。そもそもの今回のことの発端、掲示板群にあの書き込みをした者の情報を、未だ徹は一つとしてつかんではいなかった。
「……そのことだけどな」
ふうっと息を吐いて起き上がった徹に、まっすぐにその目を見つめながら芹山が口を開いた。
「ちょっと困ったことが分かった」
「こまったこと?」
訝しげに眉をひそめる徹に小さく頷くと、立ち上がってノートパソコンの間から一枚のプリントを取り出す。
「例の書き込みはあのあと『性質の悪い悪戯』として削除されたわけなんだけど…。もしかしたら引っかかるかもと思って校内のパソコンの接続履歴をもらってきたんだ」
ほれ、と差し出されるプリントを受け取ると、小さな文字列の中に目を走らせる。と、一箇所、細くだが赤く下線の引かれている項目があった。
「それだ。例の書き込みがあった時間に掲示板群に接続していたデータ」
これが?と指をさす徹にさらに続ける。
「んでもってさらに調べたところ……」
そういいながらもう一枚、同じようなプリントを取り出す。
「こっちのデータと発信源が一致した」
「……で?」
確かに、二つの紙に示された二つの項目は全く同じ内容を記している。だがこれがなんだというのか、徹にはまだ分からなかった。
「これがなんだって言うんだ?」
「……後のデータは…、事務所から学校のホームページへの管理アクセスの内の一つだ」
「え……」
徹の言葉が喉で詰まる。今の事務所の人間は皆パソコン関係には見事なまでに疎い。だから……凛がこっそりと雇われたわけで。それはつまり……
「こっから先は俺にはどうしようもない。手前でどうにかしな」
言葉を失くしている徹の肩を叩くと、芹山は彼を残して部屋を出て行った。