其之六拾四

同日 午後2時45分

「どうも、失礼しまーす」
放課後、後ろを流れていく生徒達の足音に紛れて事務所の戸を開けると、徹は滑り込むように中に入り込んだ。
「あら、珍しいじゃない。春日君が迎えに来るなんて」
「こりゃあせっかく今日は晴れたのに、明日また雨が降るな」
ハッハと笑いながらからかう三田に苦笑で応えると、キョロキョロと事務所の中を見渡す。
「ああ、凛ちゃんはもう少し待ってて。今自分のコップを片付けに行ってるから」
「ああ……」
そうですか、と応えると、肩に担いでいたかばんを足元に置いて、部屋の奥から聞こえる水音に耳を澄ました。
「それにしても……凛ちゃんがここに来てもう半年以上経つんだよな」
「ええ、『あの』事件からね。ほらだれかさんが……」
「今更そのネタは……」
こちらに流れてくる栗原のからかうような目から逃げて、適当な椅子に座り込む。
(……)
「ああ、そういえば」
すぐそばまで新しいお茶を淹れに来た三田の方に顔を向けると、僅かに一瞬悩んでから口を開く。
「学校のホームページの管理って……凛だけでやってるんですよね?」
「ああ…、そうだね。」
「どうにも私たちはだめなのよね〜、アレ」
(…やっぱりか……)
くっ、と思いをかみ締める徹の胸のうちなど知るよしもない栗原が投げかける他愛もない世間話に付き合っているうちに、さほど待つこともなく凛の長い金髪が得視界に飛び込んできた。
「あら?今日は徹のほうが先だったの?」
「うっせ…」
珍しい、とつぶやく凛に短く応え、足元のかばんを担ぎなおすと徹は立ち上がった。
「ほら、早く行こうぜ。久々の練習なんだからさ」
「うん♪」
たった、とかけてくる凛が横に並ぶのを認めると、片手を取手にかけて戸を開いた。
事務所の中ではさして強くもない日の光が廊下にはさんさんと挿し込み、昼と夕方の間をいく赤み掛かった光はともすれば徹を眠りの園へ連れて行ってくれそうだった。
「それじゃあ、失礼します」
「はいはい」
「お気をつけて〜」
ぱらぱらと手を振る栗原に凛がペコリと下げた頭に帽子をかぶせると、徹はゆっくりと戸を閉めて、すっかり人のまばらになった廊下を歩き出した。