其之六拾弐

同日 午後9時51分

「じゃあやっぱり凛も心当たりなし、か」
「うん……」
いつもより少し早く寝る仕度を整えた二人は、それぞれの布団にもぐりこみ、最後の小さな赤色灯の下で言葉を交わしていた。
「でも…これって相当まずいことなんだよね?」
「ああ、芹山以外の先生の誰かが見たら……アウトだ」
その後は教員室中にその話が広まって、事実確認の為に朋が呼び出される。当然共に呼ばれるであろう両親はいないから……。
「いっそ身代わりでも立てるかぁ?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」
諦めたかのように無茶をいう徹をたしなめながら凛は寝返りを打って、徹に背を向けた。
「…とりあえず今日はもう寝よ?もうすぐ寝るっていう頭で考えたって……」
「ん、まあその通りだな」
そういって徹が眼鏡をはずす音を聞くと、凛は壁のスイッチに手をやる。
「おやすみ」
「ん、おやすみ」
パチッ……
……
…………
………
徹の部屋の向かい、巴の部屋の扉のところでは、今しがた中の明かりが消えた扉を巴がジーッと見つめていた。
「なーんだ。今日は本当にあの二人寝ちゃったのね〜」
「みたいですね」
残念、と肩をすくめてベッドの上に上がる巴に、隣のベッドの上から中途半端に朋も笑い返す。その手には小ぶりで可愛らしい携帯電話が握られていた。
「そういえばそのケータイかわいいわよね。ちっちゃくて」
「あ、そうですよね?」
巴の指先とそれの指すものを目で追って結びつけると、ぱあっと笑顔を浮かべて携帯を握った手を下に下ろす。
「今年の夏に見かけたときに気に入っちゃって衝動買いしちゃったんですよ」
「分かる分かる。私も時々やるもん」
景気よく言葉を交わすと、二人そろって控えめに笑いあう。
「いやあ、やっぱりあんたとは気が合うわ〜」
「本当に。びっくりです」
大袈裟に肩をすくめてみせる朋にもう一度二人で笑う。それを咎めるように、巴の横でカチッと時計の針が動いて10時を指した。
「で・も」
横目に時計の針を見ると、そっと膝立ちになって朋のそばまで近づく。
「もうお休みのじかんで〜す」
「うわぁ!」
突然巴が朋に抱きついたせいで二人はそろってバランスを崩し、一緒になって朋のベッド上に転がった。
「ここのところあんた私に合わせて相当遅くまで起きてるでしょ?たまにはちゃっちゃと寝なさい!」
「はぁ〜い…」
「よろしい!」
唇を尖らせてみせる朋の頭をグリグリっと撫で回して、またもそろってニッと笑う。傍からみれば本当の仲のよい姉妹のようだった。
「それじゃあちょっとこのメールだけ送ったら寝るんで……」
「はいはい。じゃあ私は歯磨いてくるわ」
……
…………
………
その夜。まだ床につく気などさらさらない智のもとに一通のメールが飛び込んだ。
『やっほ。なんか成り行きであの子と同じ家の中に居候してるよ。予定通りあの子が動いてくれたから特に問題はないかな。今度の日曜日にいけたら遊びに帰るね〜  朋』