其之六拾壱

同日 午後1時32分

(本当にどういうことだ?)
昼休みも終わりもうすぐ五限目も終わろうかというころ、頬杖をついてぼんやりと黒板を眺めながら徹は思案をめぐらせていた。
(俺があの話を聞いてからは3人の間で他言無用にしたはずだから……。誰かが例の噂を聞いて本気で調べやがったか?確かにその気になれば戸籍を見るくらいは……)
「…が……春日!」
「は、はい!?」
突然耳に飛び込んできた大声に、ビクッとして頬杖をはずす。
「全く。珍しく寝ないと思ったら目を開けたまま昼寝か?」
「え…いや。スイマセン」
嫌味ったらしい教師に素直に頭を下げると、自分の荷物をまとめだすその姿を見ながらとり損ねている板書を写す。
(まあ今どんなに考えても推測の域を出ない……か)
ふうっとため息をついてペンをおくと、丁度よくチャイムが鳴る。
号令の合図もほどほどに立ち上がるクラスメイト達同様、徹も立ち上がると教室の出口の方へ歩き出した。
あの書き込みがされたのが学校の隅々に生徒のあふれる昼休み。どう足掻いてもあの話が広まるのは時間の問題だ。今は下手に原因を考えるよりも、今後のことを考えるほうが先決だった。
「とりあえず芹山のところにでもいくか…」
        『凛ちゃんの事もわすれるなよ』
(…!)
ふっと蘇った昼の芹山の声に思わず足がすくんだ。
        『朋ちゃんのことだけに目を奪われるなよ。お前には凛ちゃんがいるんだ』
        『あの子の優しさに甘えるようなことがあったら、俺が容赦しないぞ』
「……」
(そういえばこの二週間、凛と二人でゆっくり、なんてできてないな…)
最近の行いを省みながら教室の戸を開ける。
(今度の日曜は…久々にどっかいくか)
「先輩!」
頭の後ろに手を当てながら教室を出た途端、遠くの方から呼び止められて振り返った。
「鷹峰?」
(参ったな…)
意外な、そして都合の悪い来客に内心大きなため息をつきながらも彼女の方へ数歩近づいていく。
「どうした?」
「あのことが……」
(あのことって……)
よく出来すぎた偶然にヒヤリとする徹の耳元に背伸びして口を近づけると、恐らく走ってきたのだろう、まだ息を切らせながら朋は続けた。
「あのことが漏れたみたいです」
「な……」
(どこでそんなこと…)
あまりに早すぎる。書き込みがあったのが昼休みの終わる数分前で今はその次の休み時間が始まったばかり。ふと芽生えたわだかまりを抱きかけて、徹は黙り込んだ。
「あの…先輩?」
(……カマ…かけてみるか?)
横目に見える、不安げに話しかけてくる朋の顔をみながら決意すると、もう一度彼女の正面に向き直る。
「あ、いや……。どうしてもうお前がそれを知ってるんだ?」
「え?」
「あの書き込みがあったの昼休みの終わりだろ?今はその次の休み時間、しかも始まってまだ一分ってとこだぞ?」
「あ……」
いつの間にきいたんだ?と、優しく問いかける徹に朋が黙り込んだ。
(おいおい、まさか当たりじゃないよな……。んなことしたってこいつには……)
「わ、私も昼休みずっと図書館にいたんです。それで……!」
「ああ、オッケイオッケイ。悪かった」
必死に訴えかける朋の勢いに圧されて、徹は片手で彼女を制止した。
「ぶっちゃけ誰が書いたんだか本当に見当がつかなくてな。ホントにわりぃ」
「…いえ。大丈夫です……」
とりあえず落ち着いたのだろうか、居住まいを正した朋の様子を認めると、廊下の窓から見える教室の時計に目をやる。
(四十分…。今から教員室にいくのは無理、か)
「とりあえずあのことは俺と芹山でできる限りの事をしてみる。お前は一度教室にもどれ」
「でも……!」
「いいから」
何かを訴えようとする少女を止めて続ける。
「何とかしてみせっから。安心しろ」
「……はい」
「とりあえず誰かに問い詰められてもちゃんと否定しろよ。いいな、アレは『性質の悪い冗談』だ」
クッとうなづく少女に満足げに片頬をあげてみせ、その背を押して180度回転させる。
「あと一時間、しっかりやれよ。そしたら今日も部活はなしだ」
「はい」
そしてにっこりと微笑むと、朋は廊下の人だかりに消えていった。