13.紅

夏休みもあと数日で終わろうかという日の朝。
コンコン、と、テニスコートを眺めながらコーヒーを啜っていた栗原の耳に、事務のガラス戸を小突く音が聞こえた。
「ども、おはようございます」
顔を出したのは芹山。外はまだいささか暑いようで、最近は立てずに流すようになった髪の毛がところどころ光っていた。
「あら、おはようございます」
ガラス戸の手前にカップを置いて、カラカラと硝子の引き戸を開ける。何年か前まではサッシが古くなっていたおかげで随分五月蝿かったものだけれど、最近校舎内の修繕工事が入ったときにここのサッシも変わってからは、むしろ小気味のいい音に変わっていた。
「暑そうですね、相変わらず」
「全く。これでもうすぐ新学期だって言うんだから、たまらないったら……」
冷房の効いた室内の空気は、外にいて感じればなおさら心地良いわけで。
小さなガラス戸の隙間から漂ってくる風にあたろうと、芹山はカウンターの上に顎を乗せて、膝を折ってしゃがみこんだりなんかしていた。
「またそんなことして……。後で汗を拭く掃除の人に怒られますよ? ……それに奥さんにも、情けないって」
後の方は意図が分からなかったらしく、笑って、袖でカウンターに落ちた汗の雫を拭っていた芹山の眉が怪訝そうに動く。
「ほら、わかりにくいけど、この襟のところ。口紅の跡じゃない?」
言われてようやく気付いたのか、親指でこすって誤魔化そうとしているが、既にここに来るまで電車の中や駅からの道のりでそれなりの数の生徒には見られているはずなわけで。
「この時期は新学期の委員会準備でも生徒が来るから、夏休み中で一番人が多くなる物ねぇ。流石にここの出だとわかってるのかしら」
「この調子だとそのうち首輪でもつけられるんですかね、僕は」
何とか整えた襟の形を直しながら芹山が言う。
顎を引いて襟元を見ているその様子を眺めていたら、ちょっと引っ掛けてみたくなった。
「なんならどうなるか試してみましょうか、映画でも行って?」
「いや……あ〜」
隠しているつもりだろうが、確かに芹山の目はとどまらずに動いていた。
「冗談ですよ。そんなことしたら私が旦那に何を言われるやら」
「ハハハ……、そりゃそうだ。僕だって家に帰って泣きながら抗議されたらたまりません」
ひとしきり笑いあって、栗原は自分のカップを手に窓際を離れる。
そして、カウンターの柱をはさんで隣、事務室の出入り口を指差して、言った。
「あいにくコーヒーはインスタントしかないから、紅茶でも飲んでいきます? 冷たいのもでますけど」
「ご馳走様です」









「それにしても、先生、言葉の返し方が下手になりましたね」