4 一月三日

「ごちそうさま」
「俺もごっそさん」
時刻は七時過ぎ。丁度夕飯が終わった頃合の、夏目家食卓であった。
「しかしまあ、これで三箇日もおしまいか」
「優さんは明日からまた?」
「仕事だよ。まったく、学生の頃が懐かしいな。うらやましい」
 湯のみのお茶をすすりながら優が笑い、徹が応える。
 それはいつもどおり、ここ数日にあって至極日常的な光景で、だから二人は、それが普段とすこしだけ違うことに気付かなかった。
「凛? そろそろあの頃合だと思わない?」
「むしろ今しか……ねえ?」
「ん?」
「なんか言った?」
 振り向いて尋ねた優と徹の肩に、ぽん、と手がかけられる。その先には、なにやら楽しげに笑みを浮かべた巴と凛。立ち上がって、見下ろしながら笑うその姿に、二人して返す笑みが凍りつく。
「さて、と」
「きっちりと、落とし前つけてもらわないと、ね?」
「お、落とし前?」
 ああ、なんなんだ、この嫌な感じは。
 恐る恐る訊き返す優の正面で、左からにっこりと笑いかけてくる凛の顔を見つめながら思う。と言うか、なんでついさっきまで、立って並べば人のかたよりも低かったくせに今は明らかに上から見下ろしているのだろう、こいつは。そんなところで変な演出はいらない……。
「大晦日の夜」
「二人とものーんびりテレビ見てたわよね?」
「あの間私達が何してたか、知ってます?」
「……」
「……」
 ああ、と、なんとなく話の筋が読めてきて、出来ることなら逃げ出したいのに、足の裏が床にへばりついてはなれない。
「いいえ、別に責めてるわけじゃあないのよ? 手伝いを断ったのは私達だし」
「ただね? もうすこし配慮があってもいいんじゃないかな、って思うの」
「……ああ〜、いや、申し訳ないです」
 きっとここで徹が巴に何か言ってもろくなことにならないので、喋るのはもっぱら優に任せて、徹はただ、話の流れを見守るだけ。
「優? 別にね、謝って欲しいわけじゃないの。ただ、そこのところを今後は肝に銘じてねって、そういうこと」
「徹も、ね?」
「……はい」
「はい」
 大人しく答える男二人を前に、巴と凛が顔を見合わせた。
「さて、それじゃあ」
「やってもらおっか」
 もう一度、にっこりと笑みを交わして、口を開く。
「まずは洗い物」
「終わったらゴミ捨て」
「その前にお風呂も入れて」
「最後は食器の片づけまで」
「よろしくね?」
「ね?」
「……」
「……」
 ああ、休日であればいつもしていることなのに、どうしてこんなに、それを告げられるのが怖いのだろう。
***
「……優さん」
「あえて聞こう。なんだい」
「いえ……、これ、相当つらいですね」
「ああ、まったく」
 そう、言葉を交わしながら、洗い場から二人が見る先には巴と凛。ふたりならんでソファーに座り、その手には湯飲みを持ち、テレビを見ながらからからと笑う。
「まあ、向こうは仕返しのつもりだろうからなあ」
「うう……」
「とりあえず後はこの辺の食器を片付けるだけだ。頑張ろう」
「はい。頑張りましょう……」
 どうにも慣れない洗剤の匂いに顔を背けながら、洗い上げた食器を片端から拭いては脇によけていく。量はそれなりにあるが、ここまで持ってくればあとは、そう時間もかからない。そう、思った。
「ところで徹君」
「はい?」
「この食器、片付ける場所全部分かるかい?」
「……あ」
***
「あのー、ちょっと」
「ん? 何、終わった?」
 恐る恐るソファーの後ろから近づいた徹の声に、巴が背もたれの上に首を倒して振り返る。その横で、すっと立ち上がった凛をなんとなく気配で感じながら、徹は続ける。
「いや、さ。食器、片付ける場所が分からないんだけど……」
 多分あの調子でまだもうしばらくくらい文句はあるんじゃないかと、内心で覚悟し、同時にそろそろなにか言い返してやろうと身構える徹の前で、ため息混じりに巴が立ち上がって言った。
「そ、ご苦労様」
「……え?」
「ほら、凛。行こ?」
「了解!」
 並んでさっさとキッチンに入っていく二人のあとを、徹はおろおろしながらついていくほかない。そのままキッチンの中に戻って、一体どういう心変わりか、中に残っていた優にあれこれと指示を出しつつ食器をより分ける巴を眺めていたら、急に後ろから頭をはたかれた。
「ほら! 徹もやるの。一応まだそっちの仕事のうちなんだからね?」
「ああ……、で? これはどこにやれば……」
「これは……」
 半ば呆れたような声で食器棚を開く凛。その横で棚の中を覗き込みながら、何だかんだでそれを楽しんでいる自分がいた。
「まあ、今年もよろしく」
「……なんかさ、最近徹、ちょっと恥ずかしいことを平気で言うようになってない?」
「……ヒドイ」