「……うるさい」
 空には花火。土手に陣取る人は皆、屋台の声を聞きながらそれぞれにそれを見上げている、その中で、一人の少女が耐え切れないと言う様な声で呟いた。
 そこにいたのは、短い茶髪を花火の色に輝かせる小柄な少女。隣にいる、黒髪、肌白の、こちらはむしろ長身気味の青年と比べると、彼女の肌が少し色黒である事がわかる。不機嫌そうな顔で、Tシャツ、短パンの彼女は隣の少年を見上げた。
「智もこういうの嫌いだと思ってたのに……」
「まあ、人の声がうるさいのは好きじゃないな」
 そう答える青年の顔は新しく上がった花火に照らされて、無表情な彼の目はまっすぐにその花火を見つめている。
「でも、花火そのものはいいもんだ。邪魔な雑音さえ無視できれば、見に来るかいもあるってもんだ」
「ふうん……」
 渋々、といった様子で少女、朋は答えると、智とは反対に目線を落として土手の人ごみに目を走らせる。
 今日の用事は、何も花火だけではない。朋は花火にはまるで興味が無いから、そうなればやるべきことはそのいまひとつの用事。
 そして、
「あ、居た」
 目標は、案外すぐに見つかった。
 春日徹。朋の親であり、兄であり、恋人でもある智から玩具を奪い取った男であり、一時的に朋の「先輩」であった者。
「へえ、久々に見ると、変わってるね」
「そりゃそうだ。アレはただの人間だからな。俺や、お前や、アイツとは違う」
「はいはい……。アレのことはもういいでしょ?」
 アレ。凛・フェルマー。智の遊び道具であり、朋よりも先に、智のもとに居た女。朋としては顔も見たくない相手。
「で、先輩にあの手紙を渡してくればいいんだよね?」
「ああ、分からないように、でも後でちゃんと気付くように、な」
「……ご褒美は?」
「ちゃんとやる」
 ねだるように振り返った朋の顔が、その一言で綻ぶ。機嫌を良くした猫のような、そんな満面の笑みを浮かべて、朋は土手の人の群れの中へと入っていった。花火の光の下で、短い髪が左右に小気味よく跳ねる。
「ふぅ」
 まあ、たまには……
 こっちでゆっくりしていくのも悪くない、と、残された智は一人、花火を見上げた。





「ほらお兄ちゃん、邪魔だよ!」
「あー、ハイハイ」
 兄の背中にぶつかりそうになる少女、短パン、Tシャツにショートカットの少女を見た彼女、佳織が慌てて兄、裕行の袖を引く。よろめきながらもまるで状況を理解していない裕行の方は、返事もそこそこに視線は夜空の花火に釘付け。
「もう……。周りの迷惑でしょ?」
「へいへい」
 答えながらたこ焼きをつまむ裕行に佳織はため息。もう、大人になっても相変わらずのこの兄の将来は一体どちらに向いているのだろう?
「あれ?」
「何?」
 と、何かを見つけたのか、裕行が目線を空から地面の方に落とす。
 どうせ、ろくなことじゃ……
 そう思って適当に返事を返した佳織に、たこ焼きの爪楊枝を加えたままの裕行が振り向いた。
「あそこに要るの、春日と凛ちゃんじゃないか?」
「え?」
 言われて確認して、ほんとだ、と呟く。
 見間違えようが無い。どちらか片方なら分からなくとも、あの長い金髪と、短く立った黒髪に眼鏡。あの二つの背中が並んでいれば、わからないわけが無い。
「あれ?でも、凛、なんか縮んでない?」
「そんな馬鹿な。……酔ってる?」
「飲んでません!」
 玉屋〜、などと言いながらたこ焼きを口に運ぶ兄を他所に、その金髪の浴衣姿へ近づいていく。
 後ろの方で、慌てて追いかけてくる兄の足音が聞こえていた。