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「……なるほど」
 一言。智がつぶやく。
 大体どのようなものをアルテメネが創造しようとするのかは、ポルセイオスとの一戦、その直前を見ていたから理解していた。だから、このような手法をとった。
 今、彼女の手にあるのは一対の槍と盾。槍は、物理的な可能不可能を問わず、全てのものを貫きうる突撃槍。盾は、たとえ砕けようとも、その身で受けたものからは必ず持ち主たるアルテメネを守り抜く絶対の防護壁。既存する全ての、世界の法則を無視して、絶対貫通、絶対防御の役を貫き通す。「そういうモノである」という定義付けを受けた、アルテメネの力、能力。
「しかし、相当無茶なつくりだな、それは」
 さっさと駆け寄っていた朋の言葉に返事を返していたアルテメネを眺め、その視線をゆっくりと彼女の両手、黒い手袋越しに握られた槍と盾に移す。
 世界に新たな事象を創造するには、その外見、材質、質感、重量、性質から性能まで、全てを正確に想像しなければならない。創造するに当たって口上を用いるのも、その想像を強固にするため以外の何物でもない。想像が至らないままに創造されたものは、その存在そのものが希薄で使い物にならない。
 だから、あまりに複雑な、あるいは無茶な性能、性質を定義付けようとすると、当然それだけのものを想像しなければならない。もともと目に見えないもの、しかも、世界の常識を根本から覆すような定義を付加しようとすればそのぶん、他所の想像は少なからず脆弱にならざるを得ない。まして、常に自分の創造した物の上からその存在を否定、消滅させられかねない能力者同士の戦闘において、また、智の作り出したあの球体の中にあって、それに対抗するために常に手元にある存在を想像し続け、常に情報を更新し、その、物質としての存在と、その存在に付加された定義の両方を維持することなど、よほどの集中力と、その一個人の持つ力量の大きさをもってしなければ出来はしない。
 故に、少女は一つ、力の理を知っている智から見れば相当に思い切った策を取った。
 一度、槍と盾という存在を創造するや、槍、盾という物としての形、重さ、色、触感、その他、物質としての存在に関する情報の全てを自らの意識から排除。その後、想像するのはただひたすら、「全てを貫く」「必ず守り抜く」という特性のみに限定した。
 いかに得物の特性が優秀でも、その根本となる物質としての存在を消滅させられればそれは意味を成さない。常識的に考えれば、特性を多少犠牲にしてでも本となる存在の確立を優先するのが普通。それを知らないアルテメネは、堂々とその常識を打ち破って、しかもその状態で、あの球体の中で、確かにこの槍と、盾を創造して見せた。
 しかも……
 と、智は考える。
 大抵、創造主の意識が通い続けている創造物と、そうでない、世界に固着化された創造物との間には、力を持つものならば少なからず誰にでも見分けられる、感覚的な違いが存在する。もちろんどこまでそれを感じ取れるかには力量差は生まれるものの、それを完全に隠し通すことが出来る者は世界の管理者を除けばほんの一握りにしか過ぎない。だと言うのに、目の前の存在は限りなくそれに肉迫していた。智でさえ、注意深く観察しなければそうとは気付かない。並みの管理者であれば、そうと知らぬうちは気付くことも出来ないかもしれない。それにすら至らない者に関しては、言うまでもない。
「……まあ、伊達に無意識のうちに力を使っていたわけではないって事か」
 立ち上がると、槍と盾を消失させて朋と並んで座っているアルテメネの方へと数歩、近づく。
「上出来だ」
「あ、珍しい。智が褒めた」
 クスクスと笑う朋には特に答えない。
 分かっている。自分が作り、共に仮想世界を作り上げ、共に過ごしてきた少女、鷹峰 朋。彼女も智同様、大抵の場合において仮想世界を、そこに暮らす人間を、自分が楽しむための道具程度にしか考えていない。アルテメネにやたらと親しくするのも、こうやって暗に機嫌をとるのも、彼女なりの遊びの下ごしらえでしかない。
「さて、これからの日程だ」
 さて、と胸の内で舌なめずり。
 準備は整った。これからどんなドラマが見れるのか。腹の底から笑える喜劇も悪くないが、できればもっと深く、身体の最奥から感情が湧き上がるような、身震いするほどに心地よい悲鳴が聞ける、そんな話がいい。ついでにシナリオが一級品ならば言うことなし。
 さあ、これからどんなふうに遊んでやろうか。
 アルテメネには悟られず。智と朋が互いに目配せして、小さく、冷たく、一瞬だけ、ほくそ笑んだ。