3-2

「あら、びっくり。本当にやっちゃった」
 一人、少女の声が夜空に響いた。
「当然。そうでなきゃ、あそこまでした意味が無い」
 答えるのは、低くも良く通る男の声。色白の肌にやや長い黒髪、つり上がった目。スーツを崩したような服を身に纏った、あの男。彼らが立つのは宙。何か足場があるわけでもない、真なる空中。まるで、そこになにか見えない壁でも在るかのように、臆することも無く立つ男と、それより少なくとも4つ、5つは幼く、十代も中頃に満たないであろう少女。こちらはといえば、男とは対照的に無造作に短くした鮮やかな茶髪、かすかに色の黒い肌。目がつっているのだけは男と同じで、膝から下、肩から先は風に晒し、鮮やかな朱のマントを身体に巻き付けるようにしていた。
 二人が見下ろす先には、さらに一人の少女。身に纏うは、黒い、ドレス。今まさに、二人の目の前で創造して見せたもの。彼女の疲弊と同調するかのようにくたびれていた長い銀髪はいまや夜風に乗って流れるように揺れ、光を失っていた瞳にははっきりとした力が宿っている。
「……あの髪も?」
 どこに行くでもなく、しかし凛とした様で歩いていく少女、アルテメネを上方から追いかけながら、少女が男に尋ねる。
「さっきの声も、そうでしょ?」
「ああ、随分悪趣味なことをしてたな、アイツ」
「でも、そっくりだった」
「当然」
 男はため息とともに空を仰いで、続ける。
「アレは、自分の声帯そのものを再構成してるんだ。声が似ないわけが無い。髪の方は、完全にアレの気分だな。なにかあって、気分がよくなるたびにベストコンディションにリセットされる。ま、凄いのはそれを無意識にやってるってことなんだが……」
「ハイハイ。長い話はカットね」
 語りに入り始めた男の言葉を遮って、少女は再び視線を落とす。
「で?どうするの、あのコ」
 いつの間にか、まるでどこかを目指すかのようにはっきりとした足どりで、慣れた道、といわんばかりの様子で歩いているアルテメネ。
「コンタクト、とる?」
「……いや」
 答える男。その頬には小さな笑みが、目元には事象を楽しむかのごとき輝きが。押し殺したような声で、男は続けた。
「もう少し、放っておこう。面白いものが見れそうだ」