無題1

 「ねえ、いつも思うんだけどあなたってどうしていつも一人で座ってるの?」
夕暮れの街の中、石畳に覆われた道で一人の少女が横を歩く青年に問いかける。風にその銀色の髪をなびかせて青年の少し先を行く少女は、身長だけから判断すればおそらく14〜5歳。一方でその少し後ろからついてくる長身の青年は―その長身のせいもあるのかもしれないが―少なくとも22〜3歳は固いだろう。兄弟といった様子でもないし、端から見ればずいぶんと不釣合いなカップルだった。
 「そりゃあジェミーが周りと一緒にはしゃぐようなキャラだとは思ってないけどさー。せめて酒場に居るときくらい店の隅っこで沈んでるのはどうかと思うわよ」
 「悪かったな…」
ジェミーと呼ばれた青年は、返事といえるのかどうかすらわからないような小さな声で一言だけ答える。普段なら少女も「またか」といった様子でため息をついて聞き流しただろう。だが、今日だけは違っていた。
ただ漠然と歩いていた青年は、急に立ち止まった少女に気づかずに見事に後ろからぶつかってしまった。
「お、おい…」
 「ねえ、ジェミー本当に私の言うこと聞いてる?」
 「チェロ?」
 「いっつもこの話になると『悪かった』ばっかり。少しはわけを話してくれてもいいじゃない…」
静かに話す、チェロと呼ばれた少女の肩は、かすかながらも確かに小さく震えていた。
「昨日の買い物の時だってそう。二人で外に出たってほかの人がそばにいるとすぐにどこか見えないところにいっちゃって……私だって気になるのよ!それなのにわけを聞いても謝るばっかりで……」
チェロの震えた声をきくジェミーは、腕いっぱいに抱えた買い物袋の後ろで困ったように眉をひそめた。
 「……お前も、知ってるだろ?『俺のこと』」
 ジェミーが重い口を開いて静かに話し始める。
 「何をしても死ぬことを許されない、ってこと?」
 「ああ、……普通の人間から見れば不死身ってのはいいことなのかもしれないけどな、実際こんな体だとつらいことだらけなんだよ。どんなに仲のいいダチができたってどこかで絶対そいつの死に面拝まなきゃならない。そりゃあ一度や二度はふつうかもしれないけど、俺の場合出会えば確実にそいつの葬式に行くことになっちまう。どうせつらくなるならはなから仲良くならなければ良い」
 ジェミーは少し自嘲気味に笑うと、自分の少し下にいる少女を見下ろして、
 「満足したか?」
 と声をかける。だが、次の瞬間ジェミーはこんな話をした自分を恨んだ。
 「満足なんて……するわけないじゃない」
 ジェミーが驚く間もなく、目にいっぱいの涙をためたチェロが振り向いてまくし立てる。
 「なによ!別れるのがつらいから一人でいるって!あなただって知ってるでしょう?『私のこと』!私はどんなに楽しいことがあっても、離れたくない場所があっても、もうじきそれが一瞬でなくなっちゃうのよ!?そりゃあジェミーは私より少し多く別れを経験するかもしれない、でもそれだけ多く楽しいことも経験できるじゃない!それなのに自分から楽しみを拒絶して……。そんなこといったら私は…私は……!」
 止めようとするジェミーを見ることもなく、チェロは一人で走り去ってしまった。
なにも特別なのはジェミーだけじゃない。チェロはジェミーとは逆に生まれたときから他人より短い寿命の上に生きている。何も知らない人間が見れば14歳の子供に見える彼女も実は17歳。生きられてあと4年といわれている身なのだ。
ジェミーはそれを知っているからこそ、チェロと一緒に暮らすことにしたはずだった。
彼女は、自分とはまるで正反対な存在だったが、生まれてこの方75年、初めて見つけた「仲間」だった。だからせめてチェロの命が尽きるまで、自分が守り、ぬくもりになってやろうと誓ったのに……。
 いつの間にか降り出した冷たい雨が、容赦なくジェミーの心に降り注いでいた。
………
…………
……
 「……」
 一人、雨の中を帰ってきたジェミーは無言で家のドアを空けると中に入る。外では相変わらず雨が降り続け、玄関にはジェミーの茶色い長髪から滴り落ちる雨水が水溜りを作っていた。
 (我ながら浅薄だったな…)
 そんなことを考えながら水をたっぷりと吸い込んだ買い物袋を横に置き、顔を上げるとそこにとうに帰ってきているはずのチェロがびしょぬれで立っていた。
 さすがにジェミーのように髪の先から雨水が滴るようなことはなかったが、まだその銀髪はしっとりと肌に張り付き、白い素肌に星を散らしたようで、服にも着替えた形跡などなかった。
 「おいっ、お前そんなかっこでいたら……」
 常人でも風邪をひく。まして病弱なチェロならば……
 あわててそばにあったタオルを引っつかみ、チェロの頭を拭こうと手を伸ばすと、チェロが小さな声でつぶやいた。
 「ねえ、ジェミーは私のこと大切にしてくれるよね?」
 「え?」
 「別れるのがつらくても、私とは最期までずっと心から一緒でいてくれるよね!?」
 少しうつむいたまま、チェロが涙声で問いかける。
チェロは生まれた場所が悪かったらしく、物心ついたころには赤の他人の家で奉公人になっていた。ジェミーが全てを知ってチェロをその家から連れ出すまでは、ろくに愛情など受けたこともなかったのだ。そして唯一自分を愛してくれたジェミーが「人と交わらないようにしている」などというのを聞けば……チェロにはとても耐えられなかったのだろう。
 ただ泣きじゃくるチェロを、ジェミーはそっと抱きしめる。
 「大丈夫、いつでもそばにいてやるよ。言ったろ?最初に此処に来たときにさ」
 「……うん。アリガト……」
 ジェミーの腕の中でチェロがにっこりと微笑んだ。まだ外は雨がひどく降っていたが、二人には雨がやんだように感じられた。
 「さ、ほんとに風邪引いちまうぞ。早く風呂にでも入らないと」
 「うん、ちょっと寒いね」
 「なんなら一緒に入ってあっためてやろうか」
 「……バカ」
 ジェミーの冗談に、柄にもなく真っ赤になって小さな声で答えるチェロの頬に、うっすらと日の光が差していた。