其之八拾壱

粗いレンガで全面を覆われた牢獄のような部屋の中。中央に設けられた磔台に手足を括られて凛はいた。
ここまで彼女を連れてきたあの男は珍しくいない。何があったのかは知らないが、今横にいる女と話していた内容から察するに、またなにか妙なことを計画しているらしい。おおかたそっちに手がとられているのだろう。
「………」
あの男から「一切の手出しをするな」と釘を刺されている女がなにも喋らないせいで部屋の中には一切の音という音がない。そんな中で凛はふうっと息をついた。
何も言わず、自由にならない首で可能な限り部屋の中を見回してみる。おぞましい思い出しかないこの部屋でも、久しぶりに来ると少しは感慨深いものだった。
(これでもう徹は大丈夫)
目線を下に落として、服と自分の胸の間に輝くネックレスに目をやる。
(私はここに戻ってきて、徹とは関係が無くなって……)
そこまで考えたところで、それ以上考えることは止めた。これ以上なにか考えたところで何が変わるわけでもなかったし、どんどん自分が惨めになるように思えたから。
「ねえ、アイツは何をやってるの?」
暇をもてあまして、部屋の入り口に立っている女に声をかける。目を閉じて黙り込んでいた女は、凛からはなしかけられたことが気に食わないかのようにいらだった目で凛をにらんだ。
「あなたが知る必要はないわ。それに、あなたはいつから私に話しかけられるほど偉くなったの?」
「……手出しは出来ないんだよね」
こちらに向かってゆっくりと歩いてくる女に落ち着いて言い放ってやる。女も一瞬はっとして立ち止まると、口惜しそうに振り返って入り口の方へ戻っていく。
「後で覚悟しておきなさい」
「うん…もういいよ……好きにして」
力の抜けた凛の声にもう一度女は振り返った。
「意外ね。前はいつまでたっても折れることなんか無かったのに」
「もうね……いいの」
半ば楽しむように言う女に、空気に溶けていきそうな声で凛はそれだけ応えると黙り込んだ。
徹は逃がせて、自分も一年の間ごくごく普通の生活が出来て……。それ以上何かを望めば罰が当たるような気がした。
女が再び黙り込む。そして沈黙へと帰っていった部屋の中で凛は何かを待つようにそっと目を閉じた。