其之五拾七

同年 六月十九日 午前6時30分

(……朝か)
いまいちパッとしない日の光が差す窓の方に目をやりながら、むくっと凛は起き上がった。
皮肉にも朋のおかげで徹の両親公認の居候となったことで、凛は以前よりも確実にゆっくりと寝ていられるようになっていた。だが、それは必ずしもいいことばかりではなく……
(今日もまだ寝てる)
床に敷いた布団の上で、まるで起きる気配も見せずにいびきをかいている徹に目をやる。予想通りというかなんと言うか、やはり徹は朝も弱かったようで、『親が起きる前に起きなければならない』というプレッシャーがなくなったとたんに毎朝このざまだった。
「よっと……」
小さく掛け声をかけてベットから降りると、いびきの主の枕元までテクテクと歩み寄る。
(もう二週間たつんだから…いい加減慣れればいいのに)
まったくこちらに気付かない徹の顔を覗き込みながらその場に膝まづくと、右手をそっとその頬に添える。
(せーのっ…)
「おっきろ〜!」
徹の耳を襲う大声と、なぜかガクガクと首がシェイクされる衝撃。5秒もしないうちに彼の意識は眠りの園から引き戻された。
「ストップストップストップ!」
「あ、起きた?」
必死に叫ぶ徹の顔を、キョトンとして覗き込む。
「起きたから、もう振るのは止めてくれ」
いつまでも頬をブルブルと揺らす凛の手をそっと払いのけて起き上がる。
ぼやけた視界に映るどこか重い窓の外の明かりが、梅雨のじめったさを象徴しているようだった。
「いい加減なれなよ。半月前まではちゃんと起きてたじゃない」
「努力します〜」
自分の肩ほどの背しかない少女の頭にポン、と手を置くと、机の上の眼鏡を手に取る。
「都合のいいように人を子供扱いするんだからぁ」
「失礼しました」
むぅっと膨れている凛の額を軽く小突いて徹は部屋の戸をあけた。
「あら、もう起きてたの?残念」
「何がだよ」
戸を開け放ったすぐ目の前で、今にもこの部屋に突入しようとしていた姉に呆れ顔で言う。
「いや、ね?朝起きて朋ちゃんと話してたら、これからあんたの部屋に突入しようって彼女が言い出して……」
「アイツ……ってそんなとこに隠れてたのか」
「いやあ、この子とは気が合うわぁ」
機嫌よく笑っている巴の後ろで、遠慮気味に笑っている少女を軽く叱咤する。
彼女も最初の一週間ですっかりいつもどおりになり、今はむしろ巴と並んで徹の頭を痛める存在となっていた。
「ほら凛、お前もさっさと出て来いよ」
「あ、うん。あとで行く」
徹の呼びかけに、部屋の奥の方から小さな声が聞こえた。
「後でって……」
「ほーら!出てらっしゃい」
振り返ろうとする徹よりもさきに、巴がずかずかと部屋の中へ入っていったかと思うと、凛の手を引いて現れた。
「じゃ、女三人は朝のたしなみを済ませてくるから、あんたはその間に着替えてなさい」
「へーへー」
気のない返事で答えながら巴についていく凛の背中を見つめる。
朋が住み込むようになってからごくごく稀に、なぜか凛が顔を曇らせることがあった。特になにか悪いことがあったわけでもなく、ただときどき思いつめたように下を向く。
(基本的にはいつもどおりだし……気のせいだとは思うんだけどな)
ぼんやりとそんなことを考えながら大きなあくびをすると、徹は部屋の中へ戻っていった。