其之五拾五

同日 午後4時30分

「あ〜、それにしてもいい加減トレーニングだけってのにも飽きてきたな〜」
「しょうがないよ。この雨だもん」
一向にやむ気配を見せない梅雨の雨粒が降り続く中、徹と凛は肩を並べ、歩いて家路を進んでいた。
「まあそれもそうなんだけどな……。そもそも俺は夏の雨自体が嫌いなんだよな」
「そう?私は結構好きなんだけどな。雨って」
うんざりしたように肩を落とす徹の横で、凛は傘の端から手を外に出す。
「ほら、なんか雨がどこからともなく降ってくるのって空の高さを実感できるような気がするの」
「マジで言ってんの?俺はむしろこのじめったい空は好きじゃないんだけど…」
「そんな〜」
大袈裟に眉をひそめる徹に、凛が頬を膨らませて見せてからケラケラと笑う。つられて徹の口からも笑いがこぼれた。
「まあなんにしろ、久々に早く帰れるんだし。ちゃっちゃとしようぜ」
「そうだね」
歩幅を広げた徹についていこうと、足を出すペースを速めた凛が、ふいに「あ…」とつぶやいて立ち止まった。
「…どうした?」
すこし送れてそれに気がついた徹も立ち止まると、訝しげに眉をひそめた。
(なんだ?)
満ちのど真ん中で、傘も差さずにたっている人影。
髪がべっとりと肌に張り付いているせいで確証はもてなかったが、雨に打たれて立ちすくむその後姿には見覚えがあった。
「鷹峰?」
恐る恐る話しかけた徹の声に、ゆっくりと少女が振り返る。
「先輩……」
「お前、何やって……」
徹の言葉はそこで遮られた。それ以上続ける前に、半ば倒れるようにして朋が抱きついたのだ。
「おい!?どうした!?」
「せんぱい…」
あわてて朋の方を揺する徹に、弱弱しい声で朋が答える。ただでさえほっそりとしたその身体は驚くほど冷え切り、ぐったりと力が抜けていた。
(まずいな……)
いくら徹が素人でも、この雨に当たり続け、体温が低下していることの意味くらいは分かる。そして放っておけば腕の中の少女がどうなるかも……
「凛。マジで急ごう。このままだと鷹峰がまずい」
「…うん」
凛に背を向けたまま朋を背負うと、肩と首のあいだに傘を挟んで徹は走り出した。ぐったりとうつむいた少女の表情はただでさえ日の差さない空の下、薄暗い影に隠れて見えなかった。