其之四拾八

4月29日 午前9時21分

……ガチャガチャ………

まだ一筋の光もない意識の奥で、なにか物音がした。

……ドスッ……
(……なんだ?なにかが布団に乗った?)
ドスンッ!
「ゲフウッ!」
不意に下腹部を襲った鈍痛に、徹の意識は急速に現実に呼び戻された。
「ほらぁ!さっさとおきなさいっての」
「え?ちょっ…タンマタンマ!」
二撃目を叩き込もうと目の前に振り上げられた拳に必死にしがみついて制止すると、もぞもぞと布団を這い出す。
(こんなことするのは……)
「弟の寝込みを襲うか?普通」
(う……急に立ち上がったらめまいが…)
よろよろと立ち上がりながら眼鏡を探すと、堂々と人の机に座っている巴に抗議の視線を叩きつけてやる。だが、案の定というべきか、当の巴はそ知らぬ顔で腰の位置を落ち着けて口笛など吹いていた。
「……ちぇ、返事くらいしろよな」
ぶつくさと文句を垂れながら、ようやくいつもの調子を取り戻した目でキョロキョロとあたりを見回す。
「………あれ?凛は?」
居るはずなのに居ない彼女の姿を探して、徹はその場でくるりと1回転する。そして……
(う……)
寝起きの頭に響いたせいで簡単に目が回り、机の上に手をつく羽目になった。
「何やってんのよパイナップルマン」
「パイナップル?」
さすがに見かねた巴が、寝癖だらけの徹の頭を指差しながらため息をつく。
(うお、さすがにこれは酷い)
「……凛は?」
鏡の前で一応の応急処置を施しながら、鏡に映った姉の姿に問いかける。だが、なぜか返事は返ってこなかった。
「……なにか?」
「あんた、本気で言ってるわけ?」
唖然呆然といったようすでこちらを見つめている巴の顔に、一度自分の記憶を探ってみる。
(えーっと…昨日は『明日が休みだから』っていって1時まで起きてて……。今起きた。うん。それで今日は……)
「あ……」
「おっそいわよ。あんたどこまで漫画街道突っ走るつもり?」
「そうだ……」
(凛に遊びにいこうって……)
自分の間抜けさにため息をつきながらも、せっせと着替えを引っ張り出す。
「凛なら『先に行ってる』っていってもう出てったわよ」
徹に部屋から押し出されながらも聞こえよがしに言葉をつむぐ。
「そうね……一時間くらい前に」
「マジ!?」
「まじ」
にやっと笑う巴の顔に思いっきりため息をつくと、そのまま扉を閉めて鍵をかける。
「あんた朝御飯は?」
「途中でどうにでもする!」
「そんなに大声出したら父さんたちに聞こえるわよ」
「あ゛…」
(おいおい、今日はどこまで間抜けなんだ?)
かあ〜っと音を上げて額に手をやる。後ろにもたれかかった徹の頭が、コツンと壁にぶつかったそのとき……
「う・そ」
「………」
(だめだ、今は急ごう)