其之四拾七

同日 午前10時00分

「えーッと……寝てる春日と逢隈は減点な。じゃあ今日はここまで」
二時限目の終了を告げる放送のチャイム音に、教壇に立つ教師が閻魔帳にペンを走らせる。
途端にがやがやと騒がしくなる教室の中でも徹は一向に起きることなく、静かな寝息を立てていた。
「またこいつ寝てやがんの」
「いっつも寝てるよな」
「大丈夫かよ。教科によっちゃ寝てるだけでも欠課にされることもあるらしいぞ?」
「まったく。……ん?あの子……」


「おい……起きろ……起きろ、春日!」
「……あ〜ん?」
熟睡していたところを思いっきり揺さぶられ、不機嫌そうな声を上げて徹が顔を上げた。
「どこの酔っ払いだお前は」
「鼻の下伸ばしきったアホ面に言われたかねえよ。」
「へ?」
呆けた顔で首をかしげるクラスメイトの肩を、自分の顔を鏡で見てみろと叩きながら立ち上がる。
「で?なんのようだ?」
「あ、いや。そとにな。お前のかわいい後輩が……」
「は?」
(なにいってんだ、こいつ)
未だに呆け面を晒している級友に半ば呆れながら、その指が指す先に、未だに眠い目をやった。
「……鷹峰!?なぜに?」
「どうも、おはようございます。先輩♪」
廊下からにっこりと笑う朋。あまりに予想外の来客に徹はしばらく空いた口がふさがらなかった。

「いや〜、でも一日のほとんどを寝てるって本当だったんですね」
唖然としている徹をよそ目につかつかと教室の中に入ってくると、周りの上級生がざわめくのも気にせずに徹の顔を見上げて話しかける。
「ああ……ってーか…、とりあえず外でよう。うん」
周りのクラスメイトの視線とささやきあう話し声に耐えかね、「浮気か〜」という野次に背中を押されながら、朋を促して徹は廊下に出た。
野次馬魂をフルに発揮してドアから顔を覗かせているクラスメイト達を追い払いながら戸を閉めると、どこに行くでもなくその場に立って待っている朋のほうに向き直る。
「えっとさ。とりあえずなにか用か?」
まだ寝ぼけて回らない頭をこつこつと叩きながらたずねる。文化祭以来有名になってしまった徹には、廊下に出てもなお周りの視線が痛く感じられた。
「どうしたんですか?そんなにあわてて」
徹の背後でまだ騒いでいる徹の同級生達に目を流しながら、キョトンとして朋が逆に尋ねる。
「もしかして先輩。変な期待してません?」
「……あのなあ」
からかうように微笑む顔にため息で答えて、徹は首の後ろに手をやる。
「うちの部は基本的に連絡事項は携帯を通じて回すから、後輩が先輩に、先輩が後輩に直接会いに来るなんてめったにあることじゃないの。アポなしで突然、ましてや新入生が押しかけてきたら誰だってビビるっつの。まして……」
「…まして?」
「いや、いいや」
お前みたいな、と続きかけていた言葉を飲み込んで振り返ると、ドアの隙間からのぞくクラスメイトの顔をにらみつけた。
「で?何か?まさかただからかいに来たわけでもないだろ?」
追い払われるクラスメイト達に苦笑している朋を見下ろし、もう一度訪ねる。
「う〜ん……そうですね……」
朋はといえば、右の人差し指を顎に立てて少し考え込むと、くるっと踵を返して後ろ向きに廊下を歩き出した。
「そういうことにしておいてください。ちょっと先輩の顔を見に来ただけですから」
「はぁ?」
素っ頓狂な声をあげ、見事に周りの視線を集めてしまっている徹にペコリと頭を下げると、服の裾をたなびかせて反転し、廊下の人影の中に朋は消えていった。
(……なんだったんだ?)
いまいち状況を飲み込めないまま、首を振り振り教室の戸を開ける。待っていましたとばかりにわらわらと集まってくるクラスメイト達の間を縫って席に着いた。
「なあ。凛ちゃんといいあの子といい、いつの間にお前はモテ男君になったんだ?」
「……さあ?こっちが聞きたいよ」
うらやましそうにたずねてくる、前の席のクラスメイトを適当にあしらうと、身を乗り出して彼のノートを奪い取り写し書きをはじめる。
(まあ大したことでもないか……)
大きく一つあくびをしながら、徹はペンを手に取った。