其之弐拾七

『えー、お名前お聞かせ願えますか?』
『凛……です』
妙なリズムをつけて離す司会に、凛がおどおどとして応える。
『凛ちゃん。学年は?』
『中学2年生……』
『うわ、中二に高二がたかってんのか……』
『あ!なんだよお前、その目は!』
『そうかそうか……』
どなる渉をきれいに無視して話を進める司会。舞台の下で短く笑う声が聞こえた。
『じゃあまあ紺だけ人数が多いから男側のPRタイムはカットで。みなさん横一列に並んでください』
PRタイムカット、の台詞に、ふざけ半分に文句をたらしながらも、司会の誘導にしたがって狭い舞台の上にちょうど観客に右半身を見せる形で横一列にならぶ。
『じゃあまずは男性陣。頭を下げて右手を前に出してください』
指示通り、腰から上を地面と平行にする形で下を向き、右手をピンと前に突き出す。
『じゃあ凛ちゃん。この中で「この人」っていうのがいれば、その人の右手を握ってください。もし誰もいなければその場で「ごめんなさい」と。さあ、どうぞ!』
司会の合図と同時に、その場を妙な興奮と緊張感が覆った。
(………)
胸の高鳴りだけがいやに頭に響き、ふっと意識が途絶えるような感覚に陥る。
トンッ
やや厚いベニヤを張った手製の舞台の床を伝って、凛が一歩踏み出したのが感じられた。
(……なにを…期待…いや、興奮?……なにを…考えてる?)
支離滅裂に、色々な単語が頭の中で浮かんでは消え、また浮かんでは消えた。
(凛…無理することないんだぞ……ごめんなさいでいいんだぞ……)
(もし俺のとこにきたら……いや三木先輩なんかかも……西谷先輩?)
全く逆の二つの思考が頭の中でねじれ、絡み合い、フル稼働する前頭葉が暑くなるのまでわかる気がした。
『さあ、凛ちゃんが男性陣の前で立ち止まりました!』
司会が何かを叫んでいる。
『おっと?立ち止まったまま動かないぞ?』
ギシッ……!
誰かが体重のかけ方を変えたのか、ベニヤがこすれあっていやな音を立てる。
徹の頭は、本当に真っ白になった。

……
…………
……  …

ふっと…

……右手になにか

妙な感触を感じた。
(………ん?)
無意識に、右手を軽く握る。
キュッ
(…え……)
なにか弱弱しくて……すこし暖かいもの……
「徹っ!」
そして、ここ数ヶ月ですっかり聞きなれた声。
恐る恐る、徹は頭を上げた。
「り……ん?」
「徹!」
にっこりと笑う凛の顔。まるで耳に入っていた詰め物が少しずつ溶けていくかのように、周りのとどがフェイドインして徹の耳に飛び込んできた。
『おー!いきなり一組目が誕生〜!』
叫ぶ司会。観客の歓声。
すぐ横で何かを叫ぶ裕行。
司会に誘導されるがままに、あるものはうなだれて、あるものは何かを叫びながら先に舞台を下りていく部員達を視界の隅に見ながら、回らない頭で凛の手をとったまま舞台中央まで進む。

(なにが…おこった?)
〔フィーリングカップルで凛に選ばれた……。観衆全員公認のカップルだ〕
猛スピードで頭の中で言葉が行きかう
(いやでも……相手は……)
〔『凛ちゃんの歳とかあんまり気にすること無いと思いますよ?』って佳織も言ってた〕
(そりゃあかわいいと思ったことはあるけど……)
〔好きじゃない……か?〕
それまで対向車線で二つの意識がぶつかっていた頭のなかで、ふっと意識が一方通行になって流れ出す。
〔好きじゃないならどうしてさっき降りなかった?〕
〔好きじゃないならべつにほかの奴に取られたっていいはずだろ?〕
〔認めちまえよ〕
〔お前は凛が好きなんだ〕
ふと、視界の下辺に司会が差し出したマイクがうつった。
(俺は……)
〔凛のことが〕
(凛のことが……)
『俺はこいつが好きだー!』
マイクを通した徹の声がグラウンドに響き渡った。
………
…………


あまりに大きなマイクの音に、思わず智は耳を覆った。
(馬鹿かアイツは……こっちまで恥ずかしい)
言葉に出さずに悪態をついて、羽織ったパーカーのフードを目深にかぶる。
(しかし本当にこんなところで見つけられるとは……)
フードの陰から、ニコニコと笑う少女の顔を見る。
その横で、顔を赤く染めながらもはしゃぐ少年。止めもせずに笑って眺めている少女と、その二人を舞台の下へ誘導する司会。
(……まあいいさ)
ふっと小さく息を吐くと、踵を返して歩き出す。
(もうしばらく待ってやろう。どうせつかまえるなら……そのあとも楽しめたほうがなおいい……)
思わず笑いが口をつくようにしてもれる。
(せいぜい今は笑っておけ……あとで…同じだけ俺が楽しませてもらう……)
顔に邪悪な笑みを浮かべて、智はグラウンドを去っていった。