其之弐拾六

「三木先輩!」
校庭にあふれる人ごみを掻き分け進んでいく裕行の服のすそを辛うじて捕まえると、徹は叫んだ。
「なんだってんですか、一体!」
「まあま、もう少しすりゃわかるから。黙ってついてきな」
徹の言葉になど見向きもせず、さらにペースを速めて前へ前へと進んでいく。徹も、せめて見失わないように、と凛の手を引きながら追いかけていった。
「遅いですよ先輩!」
と、突然、耳を抜けて頭まで響くスピーカーの音の中で3人は呼び止められた。
「わりぃ、こいつら探すのに手間取ってさ」
そういって渉が背中越しに徹と裕行を指差す。
そこには、中一から高二まで、テニス部の男子部員18名が集まっていた。
「な、何の騒ぎですか…?」
恐る恐る、といった様子で徹が裕行に声をかける。
「だ〜から、もすこし待てよ。すぐわかるから」
そういってわざとらしく含み笑いをすると、裕行はくるりと振り返って徹に背を向けた。
「ねえ、何があるの?」
「さあ?さっぱり」
凛も気になるのだろう、あたりをきょろきょろと見回しながら徹のそばへ寄ってくる。
佳織はこの人ごみではぐれてしまったのか、いつの間にか姿が見えなくなっていた。
「おなかすいたなあ……」
「あ、そういえば俺も。こっから開放されたらなんか買いに……」
徹が言い終わるのを待たず、不意にあたりの音をかき消していたBGMが途切れ、代わりにマイクの甲高い、耳につく電子音がスピーカーから聞こえた。
『ハイ!それじゃあ毎年恒例、フィーリングカップルをはじめたいと思います、拍手!』
壇上で声を張り上げる司会の声のあとで、拍手と完成が鳴り響く。
『ルールはみんな知ってるだろうから省きます!我こそはという人から壇上へどうぞ!』
その声と同時に校庭のあちこちで、おそらくはパートナーを探しているのだろう、がやがやという話し声が聞こえ始めた。
と、その時。
一人の人影がさっと壇上に跳ね上がると、まっすぐに司会の方へと歩き始めた。
「に、西谷先輩!?」
思わず徹が素っ頓狂な声を上げた。
「え?何で西谷先輩が上がってるんですか?しかも一人で……」
「まあ、見てろ」
一人で騒ぐ徹を軽く黙らせると、裕行は楽しそうな目で西谷の動きを追う。
『え〜、西谷君。一人ではこの企画には出れないんだよ?』
『いやいや、まさかそんな馬鹿なことするかよ』
からかうように言う司会を軽くいなすと、マイクを半ば奪い取るように受け取って観衆の方へと振り返る。
『えー…、俺はついさっき、凄くかわいい女の子を見つけました』
唐突に、西谷は語りだした。
『本当に、すれ違っただけで目が釘付けになるようなコです。もちろん、俺は彼女をこのイベントに誘おうと思いました』
それをきいて、観衆の一部から微かな歓声が上がる。
『しかし!彼女に目をつけている男は僕の周りにもたくさんいました。それどころか、その中に一人だけ当然のような顔をして彼女のそばに張り付いている奴までいます』
「え?まさか……」
なにかいやな予感が駆り立てられるような気がして、徹は裕行の顔を覗き込んだ。
「……」
(おいおい、マジで?)
裕行のやけに嬉しそうな顔、そしてその次の一言が徹の予感を確信へと変えた。
『そこで!俺は考えました。彼女に誰が一番いいか選んでもらおうと!今、この舞台で!』
高らかに宣言すると、西谷がそっと目配せした。そして……
「おら行くぞー!」
裕行の叫び声、それに乗じて舞台の上に次々と上っていく部員達。
「ほら、お前も上がるんだよ」
ドン!っと裕行に背を押されて、徹も舞台の上に飛び上がる。
18人の男子中高生が、舞台の上から一人の少女、凛を見下ろしていた。
(え……えぇぇ?)
「ちょ、え?どういうことですか、ねえ…!」
脳内を埋め尽くさんとするクエスチョンマークの渦と格闘しながら、徹は横にいた裕行のに小声でたずねる。
「見ての通り、テニス部男子部員全員で凛ちゃんに告白するんだよ」
「そんな無茶苦茶な……!」
「なんだ?いやなら降りてもいいぞ?」
意地悪く肩頬をあげて裕行が笑う。
「そんなこと……」
そういって、舞台の下をチラッと見る。
キョトン、とした顔でこちらを見つめている凛。熱気もあらわに見守る観衆。
(いやいや、たかが観衆の目がなんだって……)
首をぶるぶると軽くふって、右足を一歩踏み出す。
(いや…でもここで降りたら……)
ふっと浮かんだ思いに、踏み出した足が止まる。
ここで降りたら……
もしかしたらここにいる誰かが凛と……?
凛と……
誰かが…
「…そう来なくっちゃ、面白くねえよ」
裕行の声にふっと視線を下に下ろすと、いつの間にか右足は元通り、左足の横にぴたっとついていた。