其之壱

「あちー…」
八月初旬、いやというほどに降り注ぐ日差しを避けてなお滴り続ける汗を、Tシャツの襟で乱暴にふき取りながら俺はつぶやいた。
俺の名前は春日 徹。もうすぐ部活も引退して、そろそろ受験勉強へと移行し始める高校2年生だ。
地球温暖化だかヒートアイランドだか知らないが、ここ数日の都内の暑さは尋常じゃない。なにせ、昨日などは、不覚にも中一で入部したとき以来久々に、練習中に吐き気を催したほどだ。まあその場はなんとか持ちこたえたが。
「ったく…去年はそこそこ涼しかったから良かったのに。おととしに逆戻りかよ」
気休め程度にしかならないビル風の吹く、細い道を家へと歩きながら、小さく愚痴をこぼす。
(……おととし)
不意に、俺の中で一つの記憶が鮮明に蘇った。
忘れようのない思い出。
「…そっか……もうあれから一年経つのか…」
ビルの窓ガラスに反射して照りつける太陽を目を細めて見ながら、俺は二年前へと意識を飛ばした。