17

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 アルテメネの掲げた大盾の表面で、黒白の閃光が瞬く。その光が消えきらないうちに、大盾を構えたまま地を蹴ったアルテメネの体は宙を駆けるように跳び、着地と同時、盾の背後に忍ばせた突撃槍の切先を相手の方に突き出して。
「……!」
 一瞬で盾との前後を入れ替えた槍、それを突き出した右腕の側に、今まさに手元に光の鳥を創造しようとしている、「暁の巫女」の姿があった。
「飛鳥」
 手を出せば触れる距離で放たれた四羽の鳥が、直後にはそれぞれの色の閃光を放つ。自らもどこか眩しそうに眉を潜め、巫女装束の少女は一歩、滑らかな足取りで後方に距離をとる。
「……つくづく重いわね」
「止めました、か」
 咄嗟に飛びのきつつ右腕の下を潜らせて掲げた大盾をおろしながら言うアルテメネに、少女は文面だけで意外といった感想を示す。そのまるで淀みの無い声色、表情に、アルテメネがあからさまに舌を打った。
「最初に会ったときに比べて、随分遠慮が無いじゃない。一緒にいた木偶の坊はわざわざ転がして気絶させたのに、私相手じゃそんなに余裕が無いの?」
 彼女らの歩数にして四、五歩といった距離をはさんで、アルテメネが口元に若干の、挑発的な笑みを浮かべてみせる。それに、
「言ったはずです。二度と管理者の相手をする気など起きないように、する、と」
 少女は静かに応じ、破れた袴の裾を風に流し、一足飛びにアルテメネに迫った。
「飛鳥っ!」
 叫んだ声にまたも大盾が掲げられ、一拍の間を置いて閃光。しかしその色は赤と白だけで、
 ひょう。
 空中、アルテメネの真上で半ば蜻蛉返りを打って、脛辺りまで素足を晒した少女の手元から、残る青黒の二羽が風を切り舞い降りる。互いに螺旋を描きながら急降下する二つの軌跡は、大盾を支えるアルテメネの両腕の間を通り抜け、息を呑む彼女の黒いドレスの裾を僅かに焼ききって、咄嗟に彼女が飛びのいたところで石畳の表面で閃光を放つ。
「このっ!」
アルテメネが振り返りざま突き出さした突撃槍を、地に足が触れると同時に身を屈めてかわした少女の右手が、アルテメネの右腕にかざされる。
「っ……!」
 その掌に「飛鳥」の光が灯ったのに息を呑み、腕を引き戻したアルテメネの体が、瞬間的にうつぶせるように両腕を地に着いた「暁の巫女」に蹴り飛ばされ、辛うじて構えた大盾と石畳との激しい衝突音と共に転がった。
「……亮、怪我などはありませんか?」
「ああ、大丈夫」
 石段から鳥居まで続く平坦な石畳の踊り場の、ほぼ中央に立つ少女が、少し石段に寄ったところに倒れているアルテメネを警戒しながら、丁度彼女と入れ替わりに茂みの前に立った亮の方へ言葉を投げる。
 あまりに圧倒的だった。アルテメネも動いてこそいるが、その槍の穂先さえ、管理者の少女をかすることもない。それをすべて平然とかわし、対する少女の方には肩で息をするようなそぶりさえ見受けられない。優劣があからさま過ぎて、もはや巫女装束の少女の動作には美しささえ感じられる。
 そして、やはり亮は結局、それをただ見ていた。
 流石に一度目、二度目の話ではないし、なにより凛とのやり取りもあったから、亮も何か動こうとはした。少女に言われるまま茂みの前まで退いたものの、幾度か足を踏み出そうとはしたのだ。しかし、この世界の管理者、「暁の巫女」として流れ人に対する少女の姿は圧倒的で、美しく、亮にそこに干渉する術は無かった。そもそも、凛から身を守る術を手に入れこそしたが、あれはあくまであの青い膜の内側しか守らない。舞うような少女の動きについていけない亮では、たとえ自分より後ろに相手を通さない、文字通りの盾を与えられたとしても、彼女を助けられるか、首をかしげざるを得ない。結局、この石畳から石段の下を見ていたあの時と、何も変わっていなかった。
 何度かその場でたたらを踏んだ脚の重さに、亮が眉を顰めた折、
「あぁー……」
 倒れていたアルテメネが呻いた。
「ふざけないでよ……」
 腹部への蹴撃が響いたのか、立ち上がる足どりこそまともなようで、その実、地に突いた盾は少なからず杖の役をはたしていて、その声はどこか揺らいでもいる。
「こっち無視して何話してるのよ!」
「別に、無視などしていませんよ」
 叫び声に、一歩、上がった亮の右足が踏み出すのより、格段にその応答は速かった。駆け出そうとしたアルテメネの出鼻をくじき、大盾の表面で光が爆ぜる。その、自身が放った光を追うように地を蹴った「暁の巫女」の身体が、爆ぜた光の直前で左足で踏みとどまって、盾の右に回りこみ、そのまま右足でアルテメネの両足を掬い、
「はっ……!」
 背中から石畳に叩きつけられ、口から息を漏らす彼女の体に、右手をかざす。
「このっ!」
 光が現れる前に、と突き出された槍を軽々とかわして、直後、
「……っあ!」
 背中に回していた左手から放たれた赤い鳥がアルテメネの脚のすぐそばで爆ぜ、びく、と震えた身体から、血の赤がスカートの裂け目の周りに滲み、石畳に飛ぶ。その生々しさに、亮も肩が跳ねそうになって、それを抑えようと自然に腕が強張った。
 そして今度も亮には飛び出す暇さえ無く、少女の足は元の場所へ落ち着く。アルテメネがどこか苦し紛れに振るった槍を悠々と避ける彼女に、亮からかけられる言葉もない。管理者「暁の巫女」として、亮では到底ついていけないような動作で戦う彼女は、やはりその内心もどこか亮には握みかねるのではないかという不安感さえ与えて。疎外感こそあれど、現状に、手の出しようなど、ある気がしなかった。
「起きなさい、アルテメネ」
 そんな亮を他所に、少女が口を開く。
「他の流れ人はこうして動きを止めただけで送還しましたが、貴女はそうは行きません。この程度で終わらせるわけがない」
「言って……くれるじゃない」
 今度こそ本当に体重を大盾に預け、アルテメネが立ち上がる。そのふらつく脚には重すぎたのか、右手に握っていた突撃槍は石畳の上に転がされて置かれ、塵と消えて。
「……それで結構。ここで四肢を順に射抜かれる位の経験をすれば、貴女も馬鹿な考えは起こさなくなるでしょう」
 それでもなお睨みつけるアルテメネに、少女はよどみなくそう応じた。
いつに無く静かな声とその内容に、傍に立つ亮の背筋が冷える。思えば亮が少女が誰かを傷つけるのをこれほど近くで見たのは今回が初めてで、しかも今の彼女の宣言は既に完全に一方的な暴力と化していた。ただ立っている亮の眼前でそれぞれ広がっていく四対の羽が目指す先もきっとその主の告げた通りで。
「待っ……!」
「飛鳥」
 思わず割り込んだところで、既に開いた口は告げるようにその名を紡ぎ、放たれた光は目指す的へと宙を奔る。その先に立つアルテメネは、汗を額に、唇を噛み締めて、
「ああ、いつまで観戦してるのかと思ったわよ」
 何故か、その頬が緩んだ。
 直後、上空からなにかに押しつぶされるようにして「飛鳥」が閃光と共に地に堕ちる。そこに、無造作に折り重なる紫色の紐と、「鳥」の道連れにあった錘の欠片が転がっていることに気付く暇もなく、アルテメネの左腕が背中から横へ、奇妙に振られ、
「っ! 飛鳥!」
 自分目掛けて投げられたそれが、アルテメネの持っていた、釘にも似た細身のナイフであると亮が気付いた直後には、四羽がそれぞれ一振りずつ刃を屠り、それを放った「暁の巫女」の白衣、緋袴が亮の目の前で翻る。
「貴方……」
 呟いた少女の肩越しに見えたその姿に、亮も驚いた。長身に、くたびれた煉瓦色の外套。一度「暁の巫女」に敗れたはずの男が、なおもアルテメネの背後に立っていた。彼は一切の反応に応対することも無く、ただ血が赤く線を引くアルテメネの右膝に眼をやり、手をかざす。それだけで、スカートの穴の向こう、「飛鳥」による傷は溶けて消えるかのように癒えた。
「驚いた。そんな事ができるのですか」
 構えには相変わらず油断無く、呟く。軽々と、二度も倒せた相手であるから余計に、彼が生身の肉体の情報に関与している現実が受け入れがたい。それ故に、そう漏らした彼女に、
「驚いてる余裕なんて、あるの?」
 アルテメネの頬に、不適な笑みが浮かんだ。その、つい、と上を刺した人差し指にしたがって見上げれば、丁度亮と少女を目掛けて、放物線に沿った急降下を続けるナイフが三振り。いつの間に放ったのか、亮には皆目見当がつかないそれに少女はすぐさま反応して、光を纏う右手を突き出す。
「こんなもの……!」
 その瞬間、その声につられて降下した亮の目線が、上空の刃の存在への恐怖で意識が染まる間もなく、それを捉えた。
 アルテメネから水平に放たれる八振りのナイフと、それを外側から追い込むような軌道を描く、男の放った四つの流星錘。機会、距離、数、どれも最悪で、「飛鳥」だけで太刀打ちできるはずも無く、また次の手を迷う暇も無い。それを見た亮にはそんなことさえろくに考える余裕も無く、ただ状況が良くないということだけは確かに感じ取って。
その直感に従い動いた体に任せ、目の前の少女の肩を捕まえ、引き寄せた。
「なっ……!」
 亮に対してか、眼前の光景に対してか、発せられた驚きの声を他所に、胃の底を沸き立たせる迫る刃への恐れにまかせ、眼を固く瞑り、背を丸めて肩をすくめて。
「……これは?」
 青く透明な球体の中、自身の身体を刃が、錘が、なんの感覚も与えず通り過ぎていく。その光景が信じられない、といった様子で呟いた巫女装束の少女の肩を掴んだままの格好で、亮はその成功に安堵のため息をついた。咄嗟の事ながら、その数瞬の間のうちに湧きあがった、未だ一度も意図して使ったことの無かった能力への不安が、引き潮のように姿を消していくのがわかった。入れ替わりに、守られ続けてきた相手を守れた、それが今の自分には出来た、その事実が徐々に認識されて、亮の中で安心へと姿を変えて、ただ手をこまねいて観戦するに留まって、あまつさえ少女の攻撃の手を止めようとしたのが嘘のように、腹が据わっていくのがわかった。
「これは……亮のものなのですか? いつのまに?」
「ん、まあ、ただ戻ってきたわけじゃないっていうかさ……」
 思った以上に細々としたその肩を解放した少女の振り返りながらの問いに嘯き、流星錘が自分たちの身体を再びすり抜けて引き戻されるのを見送って、その盾を消す。これで、ようやく彼女を助けられる。これ以上、彼女の着物や彼女自身が傷を追うのを、傍観していることも無い。余計な手間は省き、すぐさま再び二人の流れ人に注意を戻した少女の背中を見つめて、高揚感に似た感情を抑えるように、亮は拳を握った。
「随分と、嫌な物持ってるじゃない」
 アルテメネにしてみれば、格好の人質程度にしか思っていなかったのであろう亮の思わぬ反撃に、面白くなさそうな皺を眉間に寄せ、それでも意地とばかりに片頬を吊り上げて、大盾を構えなおす。その背後では、男が両手でそれぞれ一本ずつ、流星錘の紐の中程を持って四つの錘で円を描き、こちらもやはり追撃に備える。その両者につられるように、亮もまた腰を落とし、次の盾の発動に備え、眼前の二人を見据えて。
 そんな中、「暁の巫女」だけが、至極落ち着き払って口を開いた。
「終わりにしましょうか」
 え?
 これからだろう。そう、思ったのは亮だけではなかったようで。その威容で、三人分の視線を一身に集めながら、少女の右手がすっと点を指す。
「本当ならまだ手緩いくらいなのですが、どうやら奥の方はまだ力量を隠していそうですし、アルテメネ、貴女が敢えて亮に固執するなら、私はそこまで亮を巻き込もうとは思わないですから」
「……当の本人は納得してないみたいだけど?」
 少女がそれを望むなら、と内心の不満を押さえ込んだのを気取られたと気付いて、あわてて構えに力を込めようとしたところでもう遅い。取り繕う間もなく、
「亮」
 振り向かず、少女が言った。
「助けて頂いたことも、助けようとして頂くことも有難い。ですが、本来これが管理者の職務のあるべきかたち。敢えて時間を掛けようとしたのは私の我侭です。お気になさらず」
「ん」
 反対するつもりも無い。もとより亮が望んだのは彼女を助けることで、彼女と共に戦うことではない。了解の意を示した亮に、アルテメネがあからさまに舌を打ち、不愉快そうに顔を歪める。
「たかが盾の一枚でっ……!」
「亮を人質に取ることしか考えない貴女に、何を言う権利がありますか?」
 投げたナイフは、名すら呼ばずに放たれた赤い「飛鳥」横から両断され、落ちる。
「今回相手をした中でももっとましな流れ人はいたのに、唯一神界にわたったのが貴女のような流れ人だった事が、残念です」
 言い放つその背中が、容赦なくアルテメネの膝を打ち抜いた時のそれに戻っていることは亮も気付いている。いくらか亮自身の腹が据わったとはいえ、やはりその背中が纏う雰囲気にはどこか足が萎えるような心地がして。見ればアルテメネもその視線に射抜かれたように言葉を無くして、
「数多集いて虚を満たせ 飛鳥!」
 一瞬、アルテメネが駆け出すより、口上と共に少女の腕が下ろされる方が速かった。
 そして、空を無数の「飛鳥」が鵯の如く埋め尽くし、流星のように降り注ぐ。たとえ口上を一部省いていたとしても間近で見るそれは壮観そのもので。その中でなお、 アルテメネが走り出した。一度は身を守ろうと屈みこんだところから、大盾を背中に担いで立ち上がり、右手には突撃槍を握る。そのまま「飛鳥」を受け止めながら、シルバーブロンドの長髪を振り乱し、五メートルほどはあった亮たちとの距離を縮めようと地を蹴る。
「しつこいですね」
その彼女の方を目掛けて、再び少女の腕が振り下ろされた。その動きに応えるように、各色二羽ずつ、塊のように群れた「飛鳥」が大盾の中央目掛けて急降下して、
 ガキン、と
 重い金属音の後に大盾が両断され、取手の部分から切り離された断片が宙を舞った。
 急に軽くなった左手の感覚に、アルテメネの眼が見開かれる。その目の前で、再び現れた青い膜の中の徹を傷つけることなく、その踵の後ろに転がる大盾の片割れに、
「こっ……のおおおおお!」
アルテメネが絶叫し、せめて最後に一矢、とばかりに地を蹴り、ほとんど水平に跳躍する。その突撃槍の先は紛れもなく、青い盾に守られた亮の方を向いていて。
「かっ……!」
 息を漏らしたのは、舞い降りた黒い「飛鳥」が蹴り足を掠り、無様にその場に倒れ伏したアルテメネ。その開きかけた右手を離れた槍の穂先が、亮の盾にあと少しで届こうというところに主同様身を横たえていた。
「無事ですか?」
「ああ、大丈夫」
 纏う雰囲気はどこか穏やかに、近づいてくる少女が宙で軽く右手を払い、空に渦を描いていた「飛鳥」の大群が姿を消す。途端に辺りが数段暗くなったような気がした。
「結局、最後まで亮ばかりを狙っていましたね」
「最初の方はそうでもなくなかった?」
「あの時も、彼女は貴方の方に行こうとしていましたよ。私に向かってきていたのは『飛鳥』で攻め立てる私を振り払おうとしていたに過ぎません。時に……」
 盾を消した亮の隣で、少女が座り込み、その細い指をアルテメネのシルバーブロンドに差し入れる。その、顔に掛かった長髪をす、と持ち上げて、
「よかった、気をやっただけですか」
 その、どこか顔色の悪い、硬く眼を閉じた表情と、呼吸を確認して立ち上がる。その言葉に亮が、遠方に横たわる男の方へ視線を向ければ、彼も傷を負っているのは四肢、しかも一目にそう深くはないとわかるものばかりで。
「あっちも?」
「ええ。仮に流れ人がここで命を落とせば、それだけこの世界と彼らとの関わりは強まってしまう。流れ人の痕跡は、少ないに越したことはありませんから」
 ああ、そういうこと。
 淡々とした口調に内心で頷く。やはり、管理者として立つ彼女の姿は、どこか取り付きにくいように思えてならず、そんな感想を抱く事がどこか気まずくて、視線を横たわるアルテメネに落とした。その乱れた長髪に、今は力なく伏せた彼女が倒れる直前に見せた、何かに喰らい付こうとするかのような形相が思い出されて、
 ……何でだ?
 ふと疑問が浮かんだ。
 何故アルテメネが亮を付けねらったのかということは、ひとまず置くとして、何故あの状況でなお亮に向かって最後の一撃を狙ったのか。あの時点で、亮は盾を展開していたし、アルテメネは一度目はナイフと流星錘、二度目は直前に爆ぜ飛んだ大盾の断片が、盾の内の亮を全く傷つけず、すり抜けていく光景を見ている。それなのに、何故最後の一撃を、例えば「飛鳥」を操る少女に槍を投げつける、などではなく、亮の盾への三度目の挑戦に使ったのか。混乱していた、というだけの問題だろうか?
「亮、何か?」
「あ、いや……」
 尋ねられて、慌てて「なんでもない」と応じる。蟠りはあるが、今更考えてどうなる物でもない、と思いなおすことにして、尋ねる。
「じゃあ、これでこの二人をこの世界から出せば、終わり?」
「ええ、ひとまずは。……こちらからにしましょうか」
 言った少女に促され、踵に当たる大盾の片割れを押しのけながら一歩後ろに下がる。
 これで終わり、ということは、この後こそが亮にとっての本番ということ。崩れると、他でもない目の前のこの世界の管理者たる少女が言った「暁の村」から、彼女を連れ出す。「急いだほうがいい」という徹の言葉は、この石段の上から村を見下ろした時に数段重みを増していて、しかし彼女が素直に応じるかと考えれば、頬の痛みが思い出されて。絶対に、簡単なことではない。しかしそれが亮の本当の目的で。
「散在する世界の守人共よ 今こそ集いてこれを聴け」
 空門を開く口上を紡ぐ少女の横で、亮が一人拳を握り締めたときだった。
「ちょっと待て」
 それは、亮が林の中で聴いたのと同じ声色で。どこからとも無く聞こえた声に、亮よりも少女のほうが敏感に――立ち上がって辺りを見渡すほどに――反応した。だから、直後二人の足元で別な人間が動いたことにも、亮の方が先に気付いて。
「っ……!」
 上体を起こしたアルテメネが突撃槍を握りなおすのを見て、息を呑み、その勢いで体を硬くして青い盾を展開する。しかし、立ち上がりながら、半ば倒れこむように得物を突き出してくる彼女はそんなものを気にも留めていないようで。
「このっ……!」
 新たに撃ち込む「飛鳥」を少女が手に宿す横で、流石に制動が利かず、腿の辺りに進路をとる槍の穂先を追っていた亮の視線は風に靡いた髪の下のアルテメネの顔を捉えて、その表情が、相変わらず血色の悪く、瞼を閉ざしたそれであることに知らず目が見開かれて。その目で、その顔が再び前髪に隠されていくのを見送った直後、熱湯を吹き付けられたかのような局所的な熱さと、全身が痺れるような衝撃が亮を襲った。