18

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「重……い、なっ!」
「無駄口利く余裕があるなら言ってくれ。いまいちどのくらい加減したらいいのかわからないんだ」
 象牙色の鍵爪が地面に食い込んで、その周囲に畝のようになった土の嵩が増す。その爪をさながら堅牢な鉄格子のように地面に突き立てた力強く肉厚な掌の下に、大の字に押さえ込まれた智の姿があった。
 その周囲を取り囲む壁となっていた白刃は、それを創造した凛の手でとうに風に散り、辺りには倒れた木々と、それを取り囲む、時折風に騒ぐ木立だけがあった。
「どんな気分だ、自分が磔にされて身動き取れないっていうのは」
「昔の享楽を思い出して気を楽に出来るのがせめてもの救いだ。折り良く、役者もそろって……」
 その言葉を言い終える前に、智の体が宙に舞った。ついさっきまで相手を押さえつけていた右前肢で周囲の土とともにほとんど垂直に跳ね上げたその真上を遮るように、左の掌を振り上げて、運動の向きが落下に転じるのを待たず、地面に叩きつける。
「徹っ!」
 口から息を漏らした智を再び爪で押さえ込み、そのまま押しつぶそうとするかのように身を沈める徹に、凛の制止の声が掛かる。後脚に、半ばしがみつくように触れる彼女に、振り向くことはせず、ただ
「解ってる」
 とだけ応じ、彼女が離れるのを待って、
「ふざけんじゃねえ……!」
 目線を、すぐ左の智に向けて、そう吐いた瞬間、自分のために徹を人殺しにまでしたくはないと言った凛との約束もあって、あくまで気迫だけで力は抑えていた爪が、余計に地面にめり込むのを感じた。
「そのテメエの享楽のための好き勝手で、どんだけ他のやつを苦しめるつもりだ。凛のことだけじゃない。この『暁の村』の事だってそうだ。自分で作ったものを自分からぶっ壊すような真似して、何様のつもりだ」
「何のことか、見当もつかないな」
「この期に及んで……」
 付き合いたくもない見え透きすぎた大嘘に、それでも牙を剥いてしまう。それで余計に苛立つ心を抑えようと、牙の隙間から細く息を吐く。
「こんな辺境に、あるときから急に頻繁に来るようになった流れ人が、突然どこからともなく群れを成してやってきて、かと思えば綻びかけた『村』の情報に保護が掛かって。そんなことを今俺に知られずに出来るようなやつが、お前以外どこにいる?」
「いくらでもいるだろう? 流れ人の母数なんて、それこそ掃いて捨てるほどだぞ?」
「だから? あちこちの管理者に一度も怪しまれずに、あれだけ大量の流れ人が示し合わせたように一堂に会して、その中になんら外的操作を伴わず、一世界の半分以上の情報を一瞬で消し飛ばせる奴がいてもおかしくないってか? 寝言は寝て言え」
 わざとらしく鼻で息をついて視線を右にそらそうとする智の喉元に、軽く上げた中指の爪を当てると、ぴたりと首の動きが止まり、視線が身を起こした徹のそれとあう。
「この世界の管理者が管理者としてどれだけ堅物か、知らないわけじゃないだろ。こんな面白みのないところに閉じ込められて、ずっと戦い続けてきて。それなのに個々にきて、それを彼女に命じたお前が全部ぶち壊しにしておいて、そのくせ今更どうしようもなくなってから変に生き長らえさせてみたり。それが何様だって言ってんだよ」
「……一つ、勘違いがあるな」
 徹が問い詰めて、喉にあった爪でその顎をくい、と押し上げたところに、ふと智が口を開いた。
「勘違い?」
「生き長らえさせたんじゃない。あれは単に止めを刺したんだ」
 智が「暁の村」に止めを刺したことは、知っている。しかしそれは同時に、この世界の延命策ではなかったのか。続きを促すつもりで、徹の爪が智の顎を離れる。
「数を連れて来たのはいいが、取るに足らない雑魚だらけだった。まともなので、二人掛りでいって、ようやく掠り傷がいいところ。おかげで案外簡単に全部片付いた上に被害も軽くて、こともあろうにあの女、ほつれたところを直しに掛かった。それじゃあ面白味にかけるから、ああやって、止めを刺した。ちゃんと履歴は確認したか? ちゃんと、そこの記録も残ってるはずだぞ」
「……テメエ」
 一瞬の逡巡は、凛へ声をかけようかというもの。しかし敢えて智の前で彼女を問い詰める謂れもなくて、低く呟いて、左腕にかける力を増す。その間をどう取ったのか、かかる圧力にも関わらず智はどこか性質の悪い笑みのようなものを浮かべ、続ける。
「あれはなかなか面白かったぞ? 自分の屋敷を背中にして見下ろしていた目の前で、今の今まで治していたもんが一切合財全部消え失せたんだ。真っ青な顔して、ボケーッと……」
「黙れ!」
 叫んで、智の顎を半ば跳ね上げるように爪で持ち上げて、その言を止める。仮面が崩れるように、徐々にその色を濃くしていく智の笑みは、丁度初めて会った時、磔にされた凛を前に浮かべていたそれを同じで、不快観に、それ以上見るに耐えなかった。
「糞っ……! 結局自分が楽しけりゃそれで良いってか。快楽至上主義の徹底振りがいかにもお前らしすぎて反吐が出る」
「……そっちも似たようなものだろう。今回といい、その前といい、こうすることにそこの女が何も言わなかったのか」
 智はもともと凛を囲っていて、徹はその隠れ家から彼女を救い出して。その時になってもなお、凛は徹を拒み、帰そうとしていて、徹はその時も「したいようにするだけ」と言って、その声を無視した。その現場に居合わせたのだから智もそのことを知っていて。
「『したいようにする』。そこに、俺とのどんな違いがある?」
「違いか? お前のが快楽主義なら、俺のは功利主義だ。少なくとも俺の判断材料は、お前みたいに、その場で手前だけが楽しめればいい享楽的な快楽だけじゃないし、ちゃんと周りのことも考慮して、できるだけ皆にいい結果になるようにしてるから、お前みたいに迷惑振り撒きもしないわけだ」
 顎を上げさせられている手前、下目使いで尋ねた智を睨みつけ、牙を剥いて応じる。
 智の隠れ家に辿り着いてなお凛に拒絶された時、徹は迷った。智と凛の間柄はいわば他人の事情であって、その当事者足り得ない徹が当事者たる凛に拒絶されれば、それに抗うのは理屈に合わない気がした。しかし、そこで素直に引き下がったところで望ましい結果が待っているはずもないこともわかっていた。それを是として待つことはしたくない。だから徹は自分にわかる限り最良の結果に結びつくように、「したいようにする」ことにした。筋は通らない。しかしその選択には、筋の一つくらい無理で押し切るだけの価値がある結果が伴う。
 徹にしてみれば、その結果のうち、自分の快楽だけを妥協なく、他への配慮などさらになく、追及する智と一緒に括られるなど言語道断だった。
「ふうん、なるほど」
 と、睨む徹の視線などどこ吹く風、目を顔の向く方向に戻した智が、独り言のように言った。
「で、その功利を追求した結果がこのおしゃべりか?」
「んな訳ないだろ」
 答えて、少しだけ左前肢を浮かせる。
「言った通り、そっちがそんな調子なら、こっちもしたいようにするだけだ。でも、テメエなんかのために手を汚すのも馬鹿らしいからな、殺しはしない」
「……じゃあどうする?」
「ぶん殴る。この手でな」
 言いながら、その腕の存在を強調するために徹が目一杯押し出す左前肢の爪に、自身がその爪で地面に貼り付けられている智が視線を投げる。
「凛の分と、俺の分と、二人一緒の分で計三回。死なずに済む程度の手加減で三発も喰らえば、お前の頭も少しは冷めるだろ」
 それが、徹なりに考えたけじめだった。徹自身、それですっきりと納得がいくとは毛頭思っていない。しかし、凛にどこかで一線は引かなければならないと何度も念を押されていた。智に謝罪を求めるだけ無駄という彼女の意見には徹も同感で、実際今も智は徹に押さえつけられてなお、低姿勢になる様子すらない。智に区切りになるようなリアクションを期待できない以上、徹自身があらかじめ一線を引いておくしかなかった。だから自分と凛の分、本気で殴って納得することに決めていた。
「それなら残りは二回の間違いじゃないのか。もう、一回地面に叩きつけてるぞ?」
 そんな軽口をききながらも、智の目は見下ろす徹を見据え、その表情に余裕は無い。背後の凛からも、ここにいたって敢えて掛けられる言葉はない。妙な緊張感の中で徹は右前肢を頭の上まで振り上げて
「歯、食いしばれよ?」
 やはり周囲の土ごと、左手の爪で掬い上げるように智の体を跳ね上げ、浮かび上がったその身体を目掛け、右腕を、風を切る重低音とともに振り下ろした。
「っ……!」
 そして、それが受け止められた。
 まず無骨な衝突音と、堅いものに行く手を遮られる不愉快な手ごたえがあった。見れば、振り下ろした腕を止めているのは、岩石か金属か、良く判別の付かない塊で。
「勝手に勝ち誇る馬鹿を見てるのも少しは面白かったが飽きたし、何より素直に殴られてやる道理もないだろう」
 そしてその後ろに、襟をただし、靴に付いた土を反対のつま先で蹴り落とし、低いながらも確かに宙に立つ智の姿があった。
「一応、忠告はしたぞ? 俺は一度お前に地面に叩きつけられて、無事どころか無傷だった。そもそもお前が俺を『追い詰め』て、押さえつけて、いつなんの抵抗も出来ないほどの打撃を与えたと?」
「っこの……うるせえ!」
 ようやく捕らえた相手を逃がした。その事実に心ならず焦り、邪魔な塊を避けて飛び掛った徹の爪は至極悠々と構えた智に軽くかわされ、関節を曲げて着地の衝撃を吸収した徹の頭が下がり、上下が交代した二人の目線が交わる。その智の目は悦に入った笑みをたたえていて、不快感に眉間に皺を寄せた徹が、反動に従うままに再び飛びかかろうと牙を剥いたその折、
「五月蝿いな」
 徹の指の一振りで塵に化したその塊が、風に流れるように散った先、智の視線の向く空間で再び集まり、既に地面を蹴った徹に刃の切先が向けられた。
 突然のことに驚き、思考停止に陥ったのは本当に刹那のこと。ただし、それだけに止めたところで今更身体は止まれるわけもない。ならばせめて払い落とそうと、腕を振るうべく力をこめたところで、
「だから一人で突っ走るなって言ったでしょ!」
 目の前に、白銀色の壁。声に視線を横に流せば、その壁を創造したばかりの凛が、目では油断なく智の様子を窺いながらも口元にどこか不適な笑みを浮かべていて。
「ほらっ、さっさと動く!」
「ぶっ……!」
 気が緩んだままでいたら、壁の徹側の表面が変形し、あらわれた白銀色の平手にはたかれ、その勢いで飛ばされた。
「このっ、お前な……」
「早く!」
 文句の一つも言ってやろうと、起き上がろうとしたところにさらに檄が飛ぶ。
「逃げられたらもう一回取っ捕まえれば良いんでしょ!」
 勝手に焦るな、と言う彼女の手には既に新たに投じるべき刃が用意されていて、それでいて投げ急がず、徹に声をかけながらも智の様子を窺っている。その姿に、度が過ぎるほど沸き立っていた鼓動が少し落ち着いた気がした。
「ああ……、それもそうか」
「少なくともお前は正気でそんな妄言を吐くことはないと思ったがな、凛」
 呟いた徹の立ち上がりざまに重なった、静かながらも圧倒的な威圧感のあるその声に、徹も凛も口を噤み、身構える。
「別に狙ってたわけじゃない。ただ、あの少年を巻き込む以上、どっかでお前達に会うのは分かってた。でも、実際に見てみれば何だ。こっちの計画をすんでの所で駄目にしそうになったかと思えば、力の使い方も、戦い方もまるでなってない。挙句の果てに『ぶん殴る』だけ? そんな面白みのない連中を相手に、さっきみたいに遊んでやると思うのか?」
「分かってたって……」
「どういうことだ」
 先に口を開いた凛の言葉に、徹が割り込んで尋ねた。凛が不満げな視線を投げるのを敢えて無視して、振り向いた智を睨みつける。智は、そのやり取りに一拍の間を置いて、
「憎んで、追いかけてきた相手を殺すことも出来ない人間には、知る権利も無い」
 そう、応じた。
「『手を汚す』? 俺もお前達も本当に自由で、自らが法たりうる世界だぞ? 殺しだって正義に出来る場所で何が汚れだ。功利主義? 教えてやるが、快楽と功利は同義だぞ。お前は単に、自分以外の基準が骨に染み付いて、自由になりきれていないから、それに従う事が快楽になってるだけだ。……だからそれは不意打ちじゃない」
 視界の端から凛が投げつけたナイフ四本を一切の動作なしに創造した盾で受け止めたその頭上に、波打つ金髪を風に広げる凛の姿。その両手にはやはりナイフが握られ、智の肩口目掛けて振り下ろすのを、
「これも、惜しいが残念」
「かっ……!」
「凛!」
 頭一つ高度を下げると同時に振り上げた智の右足で無防備な腹部を蹴り飛ばされて、凛の体が宙に舞う。そこにすぐさま飛び出した徹の巨体が回りこみ、踵を帰しながらその背に彼女を受け止める。
「大丈夫か」
「当たり前、でしょ……」
 言いながらもその声はかすれていて、さらに徹の耳には、凛が、何かこらえるように細く息を吐く音も聞こえる。出来れば振り返って様子を見たいが、性質の悪い笑みを浮かべて宙に立つ智の存在が、それを許さない。
「言っただろう。遊んではやるが、さっきまでみたいには遊んでやらないって」
「どこまで人を馬鹿に……」
「それ以上のものを持ち合わせていないんだから……、ああ、妙な真似するなよ」
 丁度、凛を背中から下ろした徹が後脚に力をこめたその時、智が言葉を区切って宙で右手を軽く振り、その末尾で拳を握る。さながら何かを撫でるかのようなその動作の軌道に寄り添うように、細身の槍があらわれ、その手におさまる。
 伴う能力の判らない被造物は、創造者の能力次第で無限大の脅威になりうる。それ故に一瞬徹がためらい、ぴくり、と体を震わせたのを智は満足そうに一瞥すると、手にしたそれを無造作に放った。
「う……ぉ」
 思わず声が漏れた。ただ手放されただけの槍が、智の手から解放された直後、突如として徹達の後方目掛けて飛来したのだ。その速度は、目を凝らしていて辛うじてその軌道がわかる程度。地に足がついていればいざ知らず、下手に飛び上がろうものなら反応が間に合う気がしなかった。
 疑いようもなく、立場が逆転していた。確かに智は逃げ回るばかりで自分からは何もしてこなかった。しかしたとえ全力ではなかったとしても、全力を出さない油断がために追い詰められることもある。智をその手で押さえつけたとき、確かに徹は優位に立ったと認識していた。それが現状では、再びこちらを見下ろしている智を目の前に、物理的な拘束は一切受けていないにも関わらず、徹も凛も動きを封じられていた。
「時に、だ。お前、あの少年に手を上げてたな。あれはなんだ? 追い詰められた可哀想なここの管理者を、助けにいかれると困ることでもあったか?」
「……それこそ、お前に教える必要があるか」
「いいや、別に。お前が何を思っていたところで、あのやり取りがくだらなくてつまらないのは変わらないだろう」
 鼻で笑うその口調に、再び凛が動こうとしたところを智が鋭く一瞥し、その動作を封じる。それでもなお身構えた体勢は崩さない凛に、片頬を吊り上げて、挑発的に一歩前に踏み出す。
「ただな、俺はこう思うわけだ。仮にも過去の些細な諍いだけを原因に五年間も追いかけ続けてきて、ある人間を見殺してでも追及を優先してきたその相手に対して、するべき事がただ殴ることって言うのは、あまりにも詰まらなすぎる」
「それが何よ!」
 徹が応じるよりも先に、凛が、張り合うように踏み出して口を開く。
「あんたの感想なんて私達は聞いてないのよ! あんたは面白くないかも知れないけど、少なくとも私にしてみれば、あんたなんかより徹のほうが何千倍もマシだわ!」
 叫んだ勢いに乗せて、またもナイフを投じる。空中で人の身長ほどに肥大したそれを難なくかわした智は、そのまま体を軽く追って、笑い声で応えた。
「ハハハッ! 『マシ』か! 追い詰められて本音が出たか? 助けられた恩があるから一緒にいるが、マシであって最上ではないと!」
「違っ……!」
「慌てるとにわかに真実味が増すぞ! ……まあいい。どうやら頃合もいいようだ」
「頃合?」
 いきり立ち、しかし一方では徹に心配そうな視線を送る凛を前肢の横の毛皮で軽く撫で、なだめつつ、尋ねる。
「そうだよ。まさか単にこの世界を壊すことだけが俺の目的だなんて、思ってないだろうな」
「……亮君のことか」
「外れちゃいない」
 彼を意図的に巻き込んだことを臭わせる智の先の台詞から推して答えた徹に、智は髪をかきあげつつ応じる。
「昔の出来事に中途半端に拘っているお前よりも、今目の前にある事実に対抗しようとしている彼の方が、数倍面白い。折り良く、あちらの舞台も佳境のようだし、いよいよ本当に、ここで、面白くも無いお前達の相手をしている理由がなくなったわけだ」
 じゃあ、とでも続けそうな軽い調子で、智が踵を返す。
「ちょっと待て。そんな理屈で、勝手に行かせると思ってるのか」
 ためらいがちに脚に触れてくる凛の手を感じながら、当然のように呼び止める。意外に、智の足は素直にそれに従って。
「……せっかく見逃してやろうかとも思ったんだがな」
 ため息をつきながら、智が再び振り返る。
「後で自分のしつこさを恨むぞ?」
「勝手なことを言うな!」
 飛び上がった徹の方へ、智が広げた右手を伸ばす。その手の内に何かが握られる様子は無く、その代わり、近づくにつれて妙な具合に視界が歪んでいくような気がした。
「ポセイドン」
 いつに無く静かな智の声。それが徹の耳に届いたのは、振り上げた右前肢の爪がその軌道上に智の姿をおさめたのと同時。そして時を同じくして、視界の歪みが決定的に変質した。
「徹!」
 叫んだ凛の声は良く聞こえなかった。ただ、突然目の前に現れた洪水によって、徹の身体は水流に揉まれながら地面に叩きつけられた。
「ぐふ……っ」
 息と水が混じって、口から漏れる声もどこかおかしい。それでも立ち上がろうと首をもたげた徹の視界に、それが映った。
 高度を倍ほど上げた智に寄り添い、あるいは守るように、渦を巻く水。それはさながら水に模られた竜のようで。
「そのまましばらく眠ってろ」
 その一言で、竜の首が一直線に舞い降りる。立ち上がりきらない徹の体ではすぐに対応できるはずも無く。
「っ……!」
「馬鹿! 何ぼーっとしてるの!」
 そこに、金髪を風に舞わせて凛が飛び込んでくる。徹に背を向け、目の前にかざした両手の先には、先に徹を守ったのと同じ白銀色の壁。
「悪い」
「サンキュ、でしょ」
「ああ、そう……」
 振り向かず応じた凛の台詞に、言葉を返しながら立ち上がったその瞬間、目の前で、ひびが入ったことを認識する間も無く白銀色の壁が砕け散った。ある一点から放射状に崩壊の波は広がって、ぽっかりと開いた孔の向こうからは、三体に数を増やした竜の首が迫ってきて。
「りっ……」
 呼びかけの言葉を言い終えるよりも先に、意識が水流に飲み込まれた。