9.水の巫女

 ここのところ同じような夢ばかりを見る。それは毎朝、その日のこっちの予定なんかお構いなしでやってくるのだ。
 気付くと自分が立っているのは絵本の中の様な野原。青々と茂る草の中に、鮮やかに写る白や黄、花の色。足元の地面の感覚も鮮明で、どこからかそよ風が吹いてくるような心地さえする。
 そこにどういうわけか、ぼんやりと立っている自分の前に、体の前で手を重ねて立つ彼女の姿があった。
「……」
 何かを言っている口の動きだけはわかるものの、言葉までは、まるでこちらの耳がふさがっているかのように、聞こえない。
 え?
 聞き返すこちらに、彼女は再び、また少しあいて三度、口を開く。
「……」
「……よ」
「……ですよ」
「朝ですよ」
 そして、突如彼女の体が、言葉通りに膨れ上がる。それはちょうど縁日の水風船を膨らませていくときのように。急激に、音も無く。
 子供の頃に怖い夢を見たときのように、その場に立ち竦んでしまって身動きの出来ない自分の目の前で、彼女の体は最初の倍ほどにも膨れ上がり。気付けば本当にビニール風船か何かのように彼女の向こう側までうっすらと透けて見えていて。
「起きてください」
 はじめから変わらない声は、膨れたその体を前にした今、どこか別のところから聞こえてくるような気さえして。
 そして、破裂した。
 赤と白の薄膜が針でつついたように一気に縮こまるのがかすかにわかって、直後、つい先ほどまで彼女が立っていた位置で巨大な水球が崩壊し、足元の草を巻き込みながら急流となり、しかもその急流は辺りに広がることなくただ真っ直ぐに、五メートルも離れていない距離を自分めがけて流れてきて。
 体がなぎ倒され、圧倒的な水流に溺れかけながら、その日も最悪の目覚めで朝を迎えた亮の頭の中から、うっすらと楽しそうな響きを帯びた、澄ました霞の声が響いてくるのだった。