2 元旦初詣

「……よし。初詣も終わり」
 元日、込み合う神社の境内、本堂の、大きな賽銭箱の前に二人はいた。
 ベージュのロングコートを羽織った徹と、黒いコートと赤いチェックのマフラー姿で、波打つ金髪を垂らした凛と。少しばかりあやしい空模様のなか、冬の風がおたきあげの炎の温かさを運んでくる。
「それにしても、相変わらず凄い人だねえ」
「毎年同じこと言ってる気がするんだけどな」
「……ぶぅ」
 横でむくれる凛を促して、順路どおりに人の列から外れる。ついでに、横で配っていた福茶の紙コップを受け取って、顔に吹き付けてくる風に目を細めた。
 何故か凛は、初詣が好きだった。というより、このような当たり前の、風物詩のようなものがなにかと好きだった。あえて何がそこまでたのしいのか、とか、すきなのか、とかは徹も聞かないが、そのおかげでここ数年、徹はことあるごとにどこかに出かけたり、なにかをしたりということが多くなったような気がする。もちろんそれはそれで楽しいので、よほど疲れでもしなければ文句を言うべくもないのだが。
「で、これからどうする? 帰ってもまだ昼飯には早いだろうし」
「そうだねえ。……私はこのまましばらくのんびりしてても良いんだけど?」
「別にいいけど……寒いぞ、割と」
「夏はあんなに暑い暑いっていってるくせに」
「俺は変温動物なのだ」
 言いながら両手をコートのポケットに、肩をすくめて身震いする。実際のところ、勢いよく燃える炎から離れてしまうと、さすがに冬、吹きつけてくる風は相当冷たい。徹には、ここでじっとしているのは少しばかり辛いものがあった。……そう、じっとしているのならば。
「よう、意外なところで会うもんだな。それに凛ちゃん、随分背、伸びたんじゃないの?二人並んでも頭半分も違わないじゃない」
「……あけましておめでとう。変態教師」
 振り返るまでもない、たとえ久しく聞いていなくとも忘れることのない声。芹山孝治。凛と佳織が上丘を出てからずっと、本当に久しくあっていなかったというのに、それでもこう、後ろに立たれただけでため息をつきそうになるのはなぜなのだろう。
「久しぶりだって言うのにあんまりじゃないか、それは」
 その胸の内を知ってか、芹山が肩に腕をまわしてくる。
 ああ、もう。
 本当にため息をつきそうになった時、ふと横から声が聞こえた。
「巴さんが相手じゃなかっただけましだと思いますよ?」
 にっこりと。恐ろしく思えるほどににっこりと、凛が言う。
「……え?いつのまにか凛ちゃんの性格が……あれ?」
「先生は相変わらずなんですか? あれだけ学校の中で目立つことやっておいて何もないって、凄いですね? 実は裏でなにかしてたりするんですか?」
 笑って言う凛の言葉に芹山が硬直している。
 そう、芹山は、凛が上丘を出てから、彼女に一度も会っていない。一方年を追うごとにどこか巴に似ていく凛の変化はその間にも順調な物で。それどころかむしろ、この秋以降、一層巴と一緒にいることの多くなった最近では一層磨きがかかっている節もあって。当然それは、芹山にとってはきっと衝撃的であったはずで。思いがけず天敵にあってしまったかのように後ずさる芹山に、徹は胸の内で手を合わせた。
「じゃ、じゃあ俺はそろそろ行くかな。この後にもいろいろと回りたいところがあるから」
「先生? 近いうちに学校に遊びに行きますから、その時はよろしくお願いしますね?」
「へ?……ああ。楽しみに、待ってるよ」
 ああ、かつてこれほどまでに、凛の前から去っていく芹山の背中が小さかったことがあっただろうか。
 すこしばかりその様子が哀れに思えて。せめて何か一言、と徹が口を開こうとした、その時のことだった。
「ほら優〜、この程度歩いたくらいでなに疲れてるのよ?」
 鳥居の方から、よく知った声が聞こえた。