其之五拾八

同日 午前7時53分

しとしとと雨の振る中、校門をくぐってすぐの玄関で徹、凛、朋はそろって傘の雫をはらっていた。
「それじゃあ」
「はい。それじゃあまた放課後に」
ペコッと頭を下げる朋に片手をあげて応じると、凛を促して朋とは逆方向へ歩いていく。校内の教室のつくりの関係で、中一の教室は事務所、高一の教室と玄関をはさんで反対側に位置していた。
梅雨時の学校の校舎というのはどこでも決まって具合の悪いもので、肌に張り付くような重い空気が触れるものの気を殺いでいくようだった。
「しかしまあ……このじめったさに悩まされずにすむことを考えると事務室ってのも良いとこだよな。雨の日の教室なんか窓を開けられないからひどくてさ……」
いい加減教室の空調新調すればいいのにとぼやきながらふっと横を歩く凛の顔を見下ろすと、凛の顔はまるで徹の声など聞こえていないかのように下を向いていた。
「……凛?」
「…え!?なに?」
「お前……大丈夫かよ」
ビクッとして大袈裟に振り返る凛に心配そうにたずねる。
「ここのところちょっと元気ないだろ、お前。なにかあったか?」
「だ…大丈夫だよ」
口を割ってしまいそうになるのをこらえて、いつものように微笑んでみせる。
「でも…うん。ちょっと疲れてるのかな。今日は少し早く寝るよ」
「ん……ああ。ならいいんだけどな」
じゃあね、と寝起きの様子が嘘のように元気よく事務所に入っていく凛の背中を見送りながら、徹は小さく首をかしげた。

……
…………
………
「かぁ〜すがぁ〜…」
凛と分かれてから歩くこと数秒。教員室の前を通りかかった徹に、かみ殺した声で忍び寄る芹山の姿があった。
「おわぁ!脅かさないでくださいよ」
「ど〜ゆ〜ことだよ〜」
「……なにが」
まるで聞いちゃいない芹山にうんざりしながらも、ゆっくり、はっきりと問いただす。
「最近お前、朋ちゃんとも一緒に学校来てるそうじゃないかよ。実はあの子はお前のところに居候してるんじゃないかって噂まで立ってるぞ」
なんでお前ばっかり…、と付け加える目の前の男にわざとらしく肩をすくめて見せると、近くの壁にもたれ掛かる。
(二週間でそこまで正確な噂が立つか……)
ちなみに余談だが、凛が徹と一つ屋根の下に暮らしていることはごくごく一部の人間を除いて校内では知られていない。朝の人の行き来が激しい時簡にもぐりこむように事務所に入り、同じく人のあふれる放課後に出てくるので特に注意を引かないのだろう。しかも事務所にわざわざ行くような生徒はなく、あの目立つ金髪を帽子で隠していれば……。彼女のことが取り立てて話題にされるようなことにはならなかった。
「で、わかってるよな?」
「……」
せがむような芹山の様子に鼻で深く息をはく。
「俺は事情をお前にはなして……」
「俺はそれに応じて情報操作。とりあえず昼休みにな」
芹山はそれだけ言うと、出席簿を取りに教員室の中に戻ってしまった。
(あ〜あ…。足りない睡眠時間は昼休みに補うつもりだったのになあ…)
また睡眠不足で苦しむのか、とつぶやいてため息をつくと、徹も廊下の奥の方に見えている教室の方へ歩いていった。