其之五拾弐

同日 午後5時11分

「ん〜…相変わらず春と秋の練習はいいなあ。暑過ぎず寒すぎずって感じで」
「ですねえ」
「夏みたいに汗だくにならないからコートに寝ても問題なし!」
「そんなことありません!」
頭を突き合わせて点を見上げている裕行、徹、三原の三人に、すこしはなれたところから佳織が怒鳴る。
「堅いこというなよ、まったく」
凛の姿が部室の中に消えていくのを目で追いながら裕行が不平を漏らす。
「まあやっぱりこればっかりは……」
「止められませんって、ホント」
苦笑しながらも徹と三原が相槌を打った。とはいえコートのど真ん中で寝そべっているものなどこの三人だけ。ほかの部員達はベンチなり水道前などで各々くつろいでおり、必ずしも三人に同意しているようではなかったが。
「そんなこと言って。三木先輩怒らせても知りませんよ?」
ふと聞こえた声の主を探して三人の視線が宙を泳ぐ。
「はい、春日先輩。どうぞ」
裕行や三原など眼中にないかのように、徹の顔を覗き込みながら朋がタオルにくるまれたペットボトルを差し出す。
「おお、朋ちゃんお疲れ〜」
「お疲れ様です。でもちゃん付けは止めてくださいね、三木先輩」
横から口を挟む裕行をあっさり切り捨ててにっこりと微笑む。
「なんだ、ずいぶんガードが固いじゃないの」
「気をつけてくださいよ。こっちが調子に乗ると泣き出しちゃいますから」
「泣きはしませんよ〜」
(へえ…面白いじゃない)
三原の軽い冗談に笑っている朋の声を聞きながら、ひそかに闘争心をもやす裕行の視界の隅で、不意に部室の戸が開くと、足取りも軽やかに、タオルとペットボトルを抱えた凛が駆け出してきた。
(おっと〜。これはまずいんじゃないの?)
さっと横を見れば、今にも起き上がってタオルを受け取ろうとしている徹の姿。そんな中でもかけてくる凛の姿はどんどん近づいてきて……
「凛ちゃ〜ん。水ちょうだ〜い!」
突然上がった大声に、一瞬コート中の視線が集まる。すぐにコートには「ああまたか」というような苦笑、失笑があふれたが、それらの視線の中には当然徹と朋のものもあって……
「あ゛ー、悪い!ホントに嬉しいんだけど、凛が持ってきてくれたみたいだからさ」
今にもタオルをつかもうとしていた右手をさっと引っ込めると、顔の前で手を合わせ、頭を下げる。
「これはまあそこのかわいそうな先輩方にでもあげてくれ。ゴメンな!」
「あ……」
早口にまくし立てると、朋が何か言おうとするのも気にとめずに、徹は凛のもとへと駆け寄っていった。
「だ〜れがかわいそうな先輩だ」
「全くですよ」
唖然として、凛と笑いあっている徹の姿を見つめている朋のそばで、聞こえよがしに裕行と三原が言葉を交わす。
「まあさ、春日はなんだかんだ言って割りとしっかりしてるから、ちょっかい出すのは無駄だよ。諦めな」
「そんな…ちょっかいだなんて」
からかいかそれとも本気か、裕行の言葉に頬を染めて見せながら、朋は未だ足元に寝そべっている二人を見下ろす。
「じゃあ……お二人でこれ、どうぞ」
「おお」
「アリガトさん」
おどけた調子で礼を言う二人ににっこりと笑って見せると、朋は踵を返してそそくさと部室の中へ消えていった。