其之弐拾四

「なあ篠山ぁ。お前さっき何話してたんだ?」
テーブルに着くなり、智の向かいに腰掛けたクラスメイトが話しかけてきた。
「何って……別に大したことでもないけど」
「……さてはお前、男を使って女に近づこうとしてるな?」
「何!?そうなのか?」
とたんにわらわらと騒ぎ出す三人組
(なんでこいつらはそういう話しか出来ないかなあ……)
「そんなんじゃないよ。社交辞令、社交辞令……」
胸の内でため息をつきながらそう答えると、智は何の気なしに視線を入り口の方へ向けた。

(なんかかわった奴だったな…)
次に扉が開くのを待ちながら、徹は机に肘をついて先ほどの四人組のことを思い出していた。
(まあ佳織の制裁をうけた3人はただの馬鹿だけど…もう一人は……)
やや白い肌とつりあがった目に若干長い黒髪。格好しだいでどこかの不良にでもいいとこのひねくれた息子にも見えそうなその顔は、何故か徹の脳裏に張り付いてはがれなかった。
(……ま、深く考えることもないか。どうせこの先会うこともないだろうし)
徹の中でひとつの自己完結の形がきれいに出来上がったその時、ガチャガチャと扉のノブがなって、ゆっくりと扉が開いた。
「いらっしゃ……じゃないか」
入ってきた顔を確認すると、徹は立ち上がって扉を開けるのを手伝ってやる。
「搬入お疲れ。今日で3回目か?」
「そうだね」
両腕をいっぱいに広げてトレーを抱えた凛を通すと、静かに扉を閉じる。
「フルーツケーキとベーグルサンドをトレー半分ずつだよ」
「おっけいおっけい。佳織ぃ〜」
「ハイ」
「さっきの4人組に持っていって。あとカフェオレも」
「了解です」
佳織にトレーを手渡しながら指示を出すと、あいた片手でチェックシートにマークをつける。
「こっちはそこそこみたいだね」
そんな徹の横で、店の中を見渡しながら凛がいう。
「ああ、30分くらい前は人が入りきれなかったんだけどな。いまはうまい具合に調節がきいててほとんどいつも席が全部うまってる状態。外に人もならんでないからよそから文句も言われないしな」
「まああの看板置いてる時点でアウトだとは思うけど……」
「ははは…、それもそうだ」
苦笑いをしながら、徹は自分の席に戻る。
「下はどうなんだ?作業追いついてる?」
「うん、何とかね。だんだん作業効率もよくなってきてるって丸山さんが喜んでた」
「そうか、そりゃよかった」
「……じゃあ、私そろそろ戻るね」
「ああ、がんばれよ」
「徹も。それじゃね」
相変わらず、長い金髪を宙に舞わせて振り返り、外に出て行く凛の後姿が扉の奥に隠れたあとも、徹はしばらくぼんやりと扉を眺めていた。
「……さっ、仕事だ!」
店に響かない程度に声をあがると、パンパンッと頬を叩いて椅子に座りなおした。


智はわが目を疑った。
先ほどの受付にいた男子生徒と話していた少女。
はじめのうちは気がつかなかったが、彼女が振り返ったときに見えたその髪は、腰まで届く長く、パーマのかかった美しく、日本人離れした金髪だった。
幸か不幸か、智と同じテーブルに座った3人はほかの話に夢中で彼女に気づかなかったようであった。
常識の範囲で考えて、あのような髪を持つ少女などそうざらにいるものでもないだろう。だが、智には一人だけ、その髪を持つ者に心当たりがあった。
(アイツ……か?)
考えたとたんに、頭の中に憎い顔がフィールドバックして浮かんでくる。
(クソッ……まただ…)
同時に頭の片隅で疼きだす、痛みともかゆみとも言いがたい気味の悪い感覚を押しとどめながら、智は顔をまっすぐ前に向けた。
「お待たせしました」
と、横からやや大きめの盆を持った佳織が現れ、4人に声をかけて来た。
「あ、どうも……」
まだあきらめていないのか、つい数分前に頭を思い切り叩かれたばかりの一人が、ボソっと答える。だが、佳織はそれには目もくれずに皿を配ると、そそくさと一歩下がった。
「それでは、どうぞごゆっくり」
心持、智にだけ向けているようにも思えるお辞儀をぼんやりと見ながら、智はギリッっと奥歯をかみ締めた。