其之拾九

同日 午後2時55分

「おう、やってるなあ」
徹と凛を率いた裕行が、開口一番陽気な声を上げる。
やはりと言うかなんと言うか、裕行は昨日のことなどなかったかのように、けろっとしていた。
「遅いよ〜。先初めてたからね?」
部室の一番奥で、ホワイトボードを背に立つ佳織が口を尖らせて文句を言う。
「悪い悪い。俺と春日で、凛ちゃんに文化祭とは何たるかを講義してたもんだからさ」
「そうなんですか?」
佳織が、裕行に疑いの目を向けながら徹に問いかける。
「ああ、悪いな。先輩が話し出したらこれまでの歴史とかまで語りだしちゃって……もう長いの何の」
「……」
「で?どんな感じだ?」
裕行は無言でにらみつける佳織に目もくれず、あいている椅子にどっかりと腰掛けてホワイトボードに目を通す。
「…今のところやっぱり去年と同じミニゲームがわりと票集めてるね。ほら、来校者と部員が簡単なゲームするやつ」
ツイツイ
「はいはい。テニス部のミニゲームはこの学校の文化祭名物で、時々凄く激しい試合に発展したりするから話題性が絶えない、毎年アンケートで上位5位以内に食い込むような人気展示だ。わかった?」
何か言おうと口を開いたままで立っている凛を見下ろしながら、徹は早口にまくし立てる。
「……なんで聞く前にわかるのよ」
出鼻をくじかれた凛が不満そうに口を尖らせる。
「あったりまえ。あのタイミングでお前が聞きそうなことってほかにあるか?」
「……ちぇー」
「春日先輩!凛ちゃん!話聞いて!」
「はいはい」
声を張り上げる佳織を軽くなだめながら、徹と凛も裕行の隣に腰掛けた。
「でもそれを抜いて得票数トップなのがこれ、喫茶店の案」
徹と凛が席についたのを確認して、佳織がホワイトボードの一角を指差す。
「喫茶店?」
「そう、せっかく凛ちゃんがいることだし、これを使わない手は無いだろうって……西谷先輩が」
そう佳織が言ったとたん、部室中の目線が渉に集まった。
「そうか、お前にそんな趣味があったとはなぁ」
裕行がさも意外そうに言う。
「ですよね?僕達も意外だったんですよ」
と、部屋のあちこちで賛同する声が聞こえた。
「うるさいうるさい!」
突然、西谷が大声を上げて立ち上がった。
「じゃあ聞くが、お前達、金はほしくないのか?ほしいだろ?どうせやるなら少しでも懐の足しになったほうがいいだろ?」
「まあそうですけど……」
考えていることは皆同じ。これに反対する者はいなかった。
「で、あとは三人の意見を聞いたらおしまいなんだけど……いい?って言っても、いまさ
ら反対しても多数決で決まりなんだけどさ……」
「私は別にいいけど……」
「まあ反対する理由も無いしな」
「同じく」
「よし!じゃあ喫茶店に決定ということで」
バンッと机を叩いて佳織が身を前に乗り出す。
「やるからには稼げるだけ稼ぎます。気合入れていきましょう!」
『オウ!』
そして、テニス部初の試みが幕を開けた。